12 解体と洗脳

12-1

「お邪魔します」


 突然現れた男はそう言った。


「高帆さんはいらっしゃいますか」


 屋内にいた数名は、訝しげな視線を男にぶつける。極道の事務所と分かっていて、こいつは入ってきたのだろうか。


「お前、何の用があって……」

「高帆さん、いらっしゃいますか」


 眼鏡の奥の目はにこやかに笑っている。馬鹿にしている、と感じたのでその胸倉を掴んで問う。


「おいテメェ、何モンだ」

「塩野鎮鬼です! 塩揉みの塩に野火の野で塩野、鎮圧部隊の鎮に鬼子母神の鬼で鎮鬼でーす。素敵な名前でしょ? 鎮鬼って呼んでくれてもかまわないよ!」


 ふざけているのは嫌でも分かる。だから少し締め付けてやろうかと思った、の、だが。


「やっぱ怒るよねぇ? いいや、面倒くさいから網屋君、やっちゃって」


 銃声。痛みに目が眩む。口からは絶叫。思わず抑えた肩から、溢れ出る血液。


「ほらー言わんこっちゃないー。最初っからこうしてれば良かったんですよ」


 開けたままのドアの影から出てきた男。手には銃。他の構成員が何かを言う前に、そして自分の銃を取り出す前に、闖入者の銃声が再び谺する。


「どうせ奥にいるんでしょ? 突撃しますよ」

「よろしくぅー」


 痛みと出血で意識が薄れゆく中、二人の男が奥へとドアを開けて入ってゆくのが見えた。

 撃ったことはあるが、撃たれたことはない。頭の中は痛みで一杯になって、全てが、途切れた。




 ドアが開く。相手が銃を構えるよりも先に網屋の銃弾が牙を向く。まるで安っぽい映画のように、網屋は簡単に銃を撃つ。その後ろを、何事も無いかのようについて行く塩野。他人事のような気軽さで呑気に歩いている彼を狙う銃口。その銃自体が吹き飛ばされ、奇妙な方向に曲がって血塗れになる手首。

 塩野はそんな被害者達に目もくれず、幾つかのドアを見回した。


「網屋君、多分あのドア」


 指差すのは奥から二番目のもの。網屋は迷わずそのドアの前に立つ。


「撃ちますか」

「ううん、大丈夫。網屋君はここで待っててくれる?」


 網屋が一瞬、視線を逸らす。塩野が身を捻り、網屋の射線を開けた。SIG229から放たれる九ミリパラベラム弾が、塩野を狙っていた構成員の肩を抉る。


「どっちにしろ、しばらくはここで見張ってないと駄目みたいですね」

「だね。じゃ、よろしく頼むよ。うーん、そうだな……三時間経っても僕が出てこなかったら、車に戻って川路ちゃんと目澤っちを呼んで」

「了解しました。何かあったらすぐに呼んで下さい」

「はーい。じゃ、頑張ってきます」


 塩野はドアを開け、その中へと入っていった。



 中にはここの暴力団の組長である男が座っていた。極道らしからぬ風体の、細身な中年男だ。喪服に身を包み、突然入ってきた塩野に一瞥をくれる。


「お久しぶりです、高帆さん」


 塩野の言葉に返事をしない。が、塩野は意に介さず喋り続ける。


「銃声にびっくりして逃げちゃったらどうしよう、って思ってたんだけど、大丈夫だったみたい。良かった」


 眼鏡の奥の目はにこやかに笑っている。高帆と呼ばれた男はひとつため息をつくと、肩の力を抜いた。


「どうして私だと分かった、塩野」

「だって高帆さん、解体は上手いけど再構築ヘッタクソなんだもん」

「……そんなことを私に言ってくるのは、お前くらいだよ」


 相手が本気を出してくる。同じ生業の者同士、それが嫌でも分かる。ほんの僅かづつ、声のトーンが変化してゆく。


「それにしても、何でまたヤクザの組長になんてなったんです? 前は宗教やってましたよね?」

「こっちの方が色々と便利なんだぞ? 知らなかったか」

「へえぇ。なんか高帆さんってそういうの嫌いだと思ってた」

「そんなことはないよ。宗教と同じようなものさ。それより、お前の方が意外だった。一介の医師で収まるとはな」

「いいですよぉ、普通のお医者さんって。毎日真面目に働いて、お給料もらって、安定した生活」


 最初のうちは探り合いだ。一挙一動。会話のテンポ。服装。今置かれている状況。五感の全てが材料を拾い上げる。視線の動き。手はどこにあるか。呼吸は。室温。汗。


「似合わないこと甚だしいな。お前が? 安定した生活?」

「いいでしょう。羨ましいでしょう」


 エコーをぶつけ、観察する。崩壊点を探す。材料は揃えられるだけ揃えた。後は、直に接してみなければ分からない。どのタイミングで表情が動く? 何を返す? 


「そういえば」


 唐突に、いや、かなり強引に高帆が話題を変えようとする。塩野は警戒態勢を強化しようとした、が。


「お姉さんは元気かい」


 しまった、と頭の中で叫んだ。「しまった」という言語を言語として理解したと同時に、塩野は過去の記憶に引きずられて行った。


 分かっていた。必ず、ここから攻めて来るだろうということは。



 思い出すたびに嫌になる、記憶だ。

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