08-3

 例のブツが売られているのは、一階の高級贈答品売り場である。高級ふりかけであるとか高級えびせんべいであるとか、もしくは高級昆布巻きセットであるとか、そんな類の物がズラリと居並ぶ中にそれはあった。


「◯果の宝石、バラエティ二十八種類……って高ッ!」


 大きな箱にズラリと並んだ、個包装された小さなゼリー。


「ウソ、こんなに豪華なものだったのか? ヘンリーの野郎、無茶言いやがって」


 悪態をつくシグルドに、網屋が声をかける。


「おい、あったぞ。わさび漬け、数の子入り」


 さらに相田から追い打ち。


「地酒系もありますね。大半がここで済んだってことかな」

「詰めの甘い親切は親切じゃねえって、誰かが言ってたよなぁ……? 最初っからそれを書いておけよー無駄足踏んだじゃねぇかよぉー」


 愚痴を言ってももう遅い。仕方無くご指定の品を買うシグルドであったが。


「昔さ、日本にいた頃にこういうゼリー食ったなぁ。スーパーの隅っこで売ってる、色だけが違う無駄にあまーいやつ。ザラメみたいのがまぶしてあってさ、四角いの、なかったっけ?」


 などと言ってしまったものだからまずかった。埼玉県民の前で言ってはならない内容であった。


「テメェ彩果◯宝石バカにすんじゃねぇぞ! 埼玉県推奨品だぞ! あんまり馬鹿言ってると水分無しで五◯宝食わすぞ!」

「ご贈答からご家庭用まで幅広く取り揃えております彩果の◯石ですよ? そこら辺のシルバー菓子と一緒にしてもらっちゃあ困ります!」

「そこまで熱くなるの二人とも?!」

「しょうがないなぁ。試しに少し食ってみます?」


 相田はすかさず、一番小さな五百円未満のパッケージを購入する。店舗を出ると、広い通路に休憩スペースがあり、テーブルで甘味をつまむ人などがいた。

 そのテーブルのうちの一つを確保すると、小さな袋の中身を全て出してしまう。


「お好きなのをどうぞ」


 十数個あるうちからレモン味を選んだシグルド。ちゃんとレモンの形をしていることに少し感心しながら食べてみると、その見た目を裏切るほどの果汁感。


「あれ、うまいねコレ」

「じゃろ? たまにしか食えないってイメージなんだよな。自分で買うって言うより、誰かからもらったりする感じ」


 青ウメ味を口に放り込む網屋。


「父親が職場から何個か持って帰ってくる時があってさ、もー兄弟で取り合いよ。パイン味はねーのかブドウはどこだ、お前グレープフルーツ食っただろ何だのと……」


 網屋は昔に比べて、家族のことを話すようになった。転がり込んできた直後はともかく、それなりに元の明るさを取り戻した後も、北米に移動した後も、独り立ちした後も、自ら家族の話題を出すことはほとんど無かったのだ。

 何故、このような変化が起こったのか。理由などたった一つしか思い当たらない。

 復讐を遂げたからだ。


 シグルドは今でもはっきりと思い出すことが出来る。

 網屋が佐嶋に拾われ、目を覚まして事実を知った時の顔。

 生気が失せ、人形のような瞳に光が宿った瞬間。

 それは、殺意が生きる気力へと変換された瞬間でもあった。

 どうしようもない程の怒りと殺意だけが彼の生きる糧であったからこそ、佐嶋は彼に銃を渡し、引き金を引くための手ほどきをしたのだ。


 たった一人を生かすための殺人術。


 内心、シグルドは恐れていた。家族の仇を討つというただ一点に向かって倒れるように走り続けていた網屋が、ゴールに辿り着いた後はどうなるのか。全ての経緯を知ってしまった後、彼の憎しみはどこへ行くのか。昇華されるのか。


 また抜け殻に戻ってしまう事は無かったから良いものの、不安を拭い切れてはいない。

 自分の故郷に戻ると聞いた時は驚いたが、それだってショック療法にしては強力すぎる。が、本人がそれを望んだのであるから止める理由は無く、こうやって様子を見に来ても問題は無さそうであるから口は出さない。


 あの後輩の存在も、彼にとっての救いや支えになっているのだろう。過去に縋る行為でも構わない。今、奴が立っていられるならば。

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