05-6
漫才を始めた三人を笑いながら眺める相田と網屋。その視線を切らぬまま、網屋は小さい声で相田に語りかけた。
「すまねえな。なし崩し的に」
相田は一瞬だけ網屋の顔を見る。真面目な顔付きをしていたので、相田も視線を戻した。
「大丈夫か、運転」
相田は少し笑う。
昔からこの先輩は甘い。甘い上に心配症なのだ。ガキの頃のままだ。
転んで擦り傷を作っただけなのに、おんぶしてやろうかなどと聞いてくる人。痛みに泣きじゃくる自分の頭を、いつまでも撫でてくれるような人。
相田の、運転という行為に対する執着を網屋は知っている。同時に、離れるために背を押してくれたのも網屋である。
故に、網屋の中には「運転を促したい」気持ちと「運転をさせても大丈夫か」という不安が同居しているのだろう。
いざとなったら「先輩に無理矢理言われたから」という逃げ道まで作っておく、その甘さ。
「問題ありません。心配御無用ですよ」
「そっか。なら良かった」
人はそう簡単に変わることなどできないのだろう。
銃を手に取り、人を殺める道を選んだ網屋が、まだ人に甘いままのように。
ステアリングから手を離し、速度の世界から身を引いた自分が、結局また形を変えて速度の渦の中へ飛び込むように。
そんな自分を、人は笑うだろうか。蔑むだろうか。
だが、自分の意志はそんなものでは揺るがない所にあって、変わることを拒む訳でもなく、変わることを渇望する訳でもなく、ただ前に向かってのみ進むのだろう。
相田は、そう思うのだ。
突然、自分の腹が鳴る。もう時間は夕飯時を過ぎていて、胃袋が不平不満を訴えるのも当然であった。
音は他の四人にもしっかり聞こえていたようで、全員と目が合う。とりあえず、照れ隠しに笑っておく相田。
「契約成立祝いに、ゴハン食べに行こうよ」
塩野の提案に、反対意見は無い。
「どこ行くー? こないだはうどんだったからー」
「焼肉」
考える間も与えず、目澤が言い切る。
「先日のリベンジ。焼肉」
「あー、そう言やそうだったな。俺ら、焼肉屋に行く途中で襲われたんだったっけ」
中川路の言葉に頷いて、目澤は自分の車に乗り込んでしまった。素早い行動に面食らう塩野。
「え? 目澤っち早ッ! そんなに肉なの? 肉食なの?」
「二人は、運動公園のすぐ側にある焼肉屋って知ってる?」
「知ってますよ。駐車場に犬がいる所ですよね」
話しながら中川路も、そして相田と網屋も各々の車に乗り込んでしまう。タイミングを逸した塩野は、一人だけ外に残された。
「ちょっと待って、待ってよーう! みんな早いよー! ちょっとー!」
慌てて追う塩野。
駐車場から車が四台連なって出てゆく。彼等のいた場所がぽっかりと空いて、そこは闇と静けさに包まれた。
「もしもし、お忙しいところ申し訳ありません。熊谷市の坂田です」
『はい、こんばんは。どうしました?』
「事後処理、滞り無く終わりました。こんな時間ですが、報告をと思いまして」
『ああ、いつもご苦労様。助かってるよ』
「いえ、仕事を果たしたまでのことですから」
『……そうか、そうだったね。でも偉いよ、いい子だ。……飴玉は用意してあるので、郵送しましょうか?』
「いえ、もし可能なら、直接頂きに参ります」
『分かりました。いつでも大丈夫ですよ』
「ありがとうございます。では、明日の午後二時頃はお時間よろしいでしょうか」
『はい、大丈夫です。気を付けて来て下さいね』
「分かりました。それではよろしくお願いいたします、失礼します」
『はい、失礼します。おやすみなさい。良い、夢を』
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