05-4

 すぐ側にあるホームセンターの広い駐車場に、中川路と塩野の車が停めてあった。二人とも車外に出ていたが、塩野は地面に座り込み、タイヤに背を預けて下を向いていた。

 接近する気配に気付いて顔を向けるが、片手を力無く上げただけで再び下を向いてしまう。


「お疲れ様。相田君も、また世話になってしまったみたいで」


 中川路は相変わらず色男ぶりを崩さない。が、疲労は所々に見て取れた。力のない笑顔であるとか、少ない言葉であるとか。


「目澤先生も合流するそうです」

「あいよ。とりあえず休ませて……」


 中川路も車にもたれ掛かり、ネクタイを緩めた。あの塩野が軽口も叩かず黙りこんでいる。


「厳しかったですね。相田がいたから何とかなったようなもんです」

「おお、そうか。何かお礼しなけりゃならんね」

「ありがとおぉー……助かったよぉー……」


 腹の底から絞り出すような、そんな声を塩野が発した。


「もう駄目かと、死ぬかと思ったぁー」

「ホント、お疲れ様です。きっついですよね」


 そう言う相田は随分平気な顔をしていて、塩野は体育座りのまま顔を見上げる。目が合って、相田はとりあえず首を傾げておいた。


「相田君、何でそんなに元気なの? 僕より先回りしてたんだよね?」

「ええ、まあ。そうなります」

「って言うことはさ、めっちゃ速かったってことじゃない? 怖くないの?」

「うーん、その、ちょっと慣れてるんで。速さだけに関しては」


 じっと見つめる塩野の視線に、訳も分からず緊張する。全てを見透かされそうな気がしたのだ。だが、すぐに塩野の表情はくしゃくしゃの笑顔になった。

 先程の視線は何だったのか、そもそも、どんな目で見つめられたのか、相田はすぐに忘れてしまう。


「すごくない? ケロッとしてるよ? あとはさ、若いから体力あるってことなのかなー」

「あー体力。無くなったなぁ体力」


 夜空を見つめたまま、中川路がぼやく。


「持久力が無くなったな。若い頃に比べて」

「夜に悪さばっかりしてるから無くなるんだよー」

「そっちはまだ問題無いぞ、まだ」


 多少の余裕が出てきたからなのか、軽口を叩き合う二人。そこへいつの間に買ったのか、網屋がミネラルウォーターのペットボトルを四本持ってきた。中川路と塩野には手渡し、相田には軽く投げつけて、自身も蓋を開ける。


 駐車場の向こうから、パトカーのサイレン音がする。四人とも一斉に顔を向けた。サイレンの動きが収まるまで息を詰めていたが、現場に到着したパトカーの音が止むと彼等の肩の力も抜ける。

 浮ついたようなざわざわと騒がしい空気。周辺の意識が事件現場に向いている中、彼等だけがその流れから僅かに浮いていた。


「……これも、普通の事故ってことになるんですか」


 相田の問いに、三人は少し顔を見合わせて、それから頷く。


「いつも通りに、ね。網屋君はどう見る」

「まあそうでしょうね。念のため薬莢は拾っておきましたが、拾わなくても結果は同じだと思います」


 証拠は全て隠滅され、何事も無かったかの如く処理される。そう処理されてしまえば、人々の記憶も曖昧になってゆく。


 水を飲み干した塩野が空のボトルを握り潰した。見つめる先は宵闇だ。吐き出す言葉はいつになく険しい。


「僕らを狙っている相手っていうのは、自己顕示欲が強いのかもしれないね。いや、肯定感かなぁ。お前達の命は自分が握っているんだぞ、って声を大にして言いたい。何をやっても無駄なんだ、こっちの方が上手なんだ、っていうのをアピールしたい」


 ぼんやりとしか掴めないイメージを言語にして外に出す。塩野は言葉の先に像を結ぼうと、更に言葉を繰り出す。


「僕達を弄ぶことで得られる、いや、殺すという元来の目的を果たさなくても得られる、優越感。それが目的なんだろうか。いや、でもなぁ、それじゃないよね。違うなぁ、それだけじゃない、って言うべきだよなぁ。駄目だ、まだ材料が足りないや」


 結ぼうとした像は未だぼやけて、形にならない。塩野はピント合わせの作業を中止した。長い長い溜息を吐いて、一緒に残った言葉も転がり出る。


「……死への恐怖をたっぷり認知させてから殺したい。そんな風に宣言されている気がするよ」

「それは俺も感じます」


 網屋が言葉を継ぐ。水で少し湿らせてから口を開いた。


「今回といい前回といい、派手すぎる。確実に殺したいなら他にもっと方法があるでしょう、狙撃とか発破とか毒殺とか。北米の時もそうでしたが、必ずこちら側に殺される認識を植え付けてから実行に移す。そう言う類の敵は面倒な奴が多い」


 経験に基づく発言が嫌に説得力を伴って、四人の顔を曇らせた。

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