05-2

 ガレージを出る頃には、もう日は沈んで辺りは薄暗くなりつつあった。本日の鍵当番は相田であるので、最後まで残る形となる。

 空になった重箱を後部座席に放り込んで、網屋も帰り支度を始めた。


「先輩、忘れ物無いですか」

「多分無い。あったらまた取りに来るよ」

「いや、そしたら俺持ってきますよ」


 シャッターを閉めて鍵を掛ける。人気も無くなったガレージ前。

 相田が顔を上げたタイミングで、静かに着信音が響く。音を発しているのは網屋のスマートフォンだ。最初によくある挨拶があり、すぐに声色が変わる。


「……いえ、無いです。何かあったんですか」


 険しい顔の網屋と目が合う。通話相手に相槌を打つ度、険しさは増す。


「分かりました、連絡してみます。はい、はい」


 通話を切り、すぐに別の相手へ掛け直す網屋。相田は思わず尋ねてしまった。


「どうしたんですか、先輩」

「目澤先生が帰り道で襲撃されたって」

「え?」

「そっちは撃退できたからいいんだが、残りの二人がどうなってるか分からない。こっちに連絡来てねぇかって、目澤先生が。……塩野先生、出ないな」


 コール音は既に十回以上鳴り続けているだろう。それでも網屋は待ち続け、かなりの時間が経ってからようやく通話状態になった。


「塩野先生、今……」

『網屋くーん、助けてー!』


 ほぼ絶叫であった。隣にいる相田にも聞こえる程の。


『今ね、車で、追っかけられてる! なんか撃ってきてるっぽい! 掠めた!』

「現在位置は?」

『ええと、籠原駅から南下中! 何だっけーえっと、大学あったでしょう、そこの近く?』

「近い!」


 相田は耳を澄ます。北から微かに、車の音が聞こえてくる。加速向きではないエンジンに無理をさせている、悲鳴のような音だ。

 コンパクトカーあたりだろうか。接近してくる音から時速は百キロを少し超えた程度と推測できる。


「相田、電話貸してくれ」


 言われるままに差し出すと、網屋は迷いもせずに番号を押した。通話先は目澤だ。


「もしもし、網屋です。そちらはどうですか。連絡付きましたか……はい。国道を西へ」


 車の音がかなり接近している。大学前を通過するのはもうじきだ。二台のエンジン音がはっきりと聞こえてくる。


「先輩、追っかけますか」


 相田は言うだけ言ってみた。塩野を追うなら今だ。無理な加速音が北から南へ突き抜けて、どんどん離れてゆく。

 網屋は一旦、耳からスマートフォンを離した。


「あんまり後ろから撃ちたくないんだ。相対速度ってやつが邪魔をするし、命中率も圧倒的に悪い」

「あぁ、同じ方向ですもんね」


 逃げる車、追う車、そして放たれる銃弾。その全てが同じ方向へと進むのならば、銃弾の威力も落ちる。風圧の中で撃つのも容易では無いだろう。


「前と違って今回は二台。中川路先生と塩野先生がバラけてるからな。その都度割り込んで車同士が激突、なんてやってたらこっちの身が保たない」


 前回の結果が、あの車体側面の修理である。修理程度で済んだのは幸運であろう。下手すれば廃車。そこにまで至る損傷ならば、乗っている人間はどうなるか。


「かと言って時間も無いしな……どこかで迎撃できれば、楽なんだが」

「迎撃?」

「陸橋だとか、立体交差みたいな場所から狙撃。二人ともそこに向かってもらって……いや駄目だ、やっぱり時間が無い。自宅に帰って道具取ってこなけりゃならん」

「え、そうなんですか」

「ライフルは部屋にしまってあるんだよ。この車に載せたまま、って訳にはいかないだろ」


 それもそうだ。修理する際に見つかりでもしたら、大変なことになる。


「一旦帰って、道具持ってきて、ポイントを探して、なんてやってたらキリがねえ。追うしか無いな」


 言いながら運転席に乗り込もうとする網屋を、相田は腕を掴んで止めた。


「いけますよ先輩。ポイント、あります」

「どこだ」

「こないだの場所のもう少しだけ先、覚えてますか。ホームセンターの手前」


 断層の影響で、ごく一部に極端な起伏がある地形。巨大工場が使用する私鉄が走るため、鉄道と道路が入り組み、その下をくぐり抜けるような構造の箇所がいくつかある。

 その内の一つが、先日のカーチェイス現場付近であった。


「あそこか……ここから十分か十五分は掛かるだろ?」

「五分」


 はっきりと言い切る。自信ではなく確信に満ちた状態で。


「五分で行けます」


 網屋と再び目が合った。彼の表情に逡巡は無かった。


「乗れ。行くぞ」

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