第8話

 数日後愛美は親友の倫子に誘われて、冨樫の喫茶店にやって来た。

 冨樫の喫茶店……と言っても、明るい内は冨樫の姿は見えないのだが……。


「今日飯盛君バイトの日なんだ」

「あっそう……それでバイトが終わるまで私に付き合えと?」

「へへ……」

 

 あれから倫子は、此処のバイトの気のいい飯盛君と、ラブラブな関係となっている。

 愛美がいろいろと怖い思いをしていた時、倫子は楽しく心弾む思いをしていたという事になる……。

 

 今日は休日だから、早くからバイトに入っていた飯盛君は、夕方上がりとなって、五時には倫子といそいそと手を繋いでデートに行ってしまった。



「おひとりで寂しげですね」


 ぽつりと店の外で二人の後ろ姿を見送る愛美は、心酔わす声音の方へと顔を向けた。

 

 店の脇の細く小さな庭を通って行くと、その先に店を通り抜けて勝手口から出て行くと在る、温室の様な建物があって、その先の庭のもっと先に、冨樫が教えくれた稲荷大明神様の森林が続く。

 

 森林の手前の温室近くの庭で、冨樫は猫達に囲まれてこちらを見ていた。

 

 愛美は表情を一瞬にして華やかに輝やかせて、脇の細く小さな庭を通って冨樫の側へと走り寄った。


「ここは野良猫を保護しているんですか?」

「いいえ……この猫達はうちの猫達です。猫も犬も野良……というものはいませんよ。全て我が主人のもの達です。そして猫や犬だけではありません。狸も狐も白眉芯やいろいろなもの達が、この森林の中には居るんです」

「えっ?本当に?居そうだから怖いですよね」

「居ますよ。もっと暗くなれば、あやかしのもの達も其処此処らに……」

「えっ?」

 愛美が少し怯えた表情を作って驚くと

「はは、大丈夫ですよ。今はまだ妖しいもの達などいませんから」

 冨樫はそう言って妖しく笑った。


「私あれからいろいろ考えたんです」

「ほう……」

 冨樫は感心した素振りを作って愛美を見つめた。

「母はあれから、あの夜の事は忘れてしまったかのように過ごしています。父も翌日激怒しましたが、それっきり何も言いません……それって、何か貴方の力が関わっているからですか?……って言うか、父の過保護はこの事が関係して?両親も繰り返し私の親として……」

「そう矢継ぎ早に質問されても……」

 冨樫は落ち着いた様子で言った。

「第一愛美さんのご両親が、ずっと貴女の両親として存在するのは、ちょっと無理がありますね。ご両親が産まれて結婚して貴女を産んで……その年月を計算すると、貴女はそれより多く生まれ変わって、殺され過ぎているんです」

「じゃあ……」

「只、同じ家系……または血筋……という事はあり得ますね。お父さんの家系で早死にする少女がいる事は、伝え聞いておられたのやもしれません。だから遅く貴女を一人で帰らせる事はなかった」

「じゃあ……あの日は……」

「すべて主人の思し召しです」

「…………」

「主人はコタの願いを聞いたのです。願いをきくか否かは主人しだい、私は主人の命を遂行するだけです」

「では今もですか?」

「はい?」

「稲荷大明神様のご命令で、私に話しをしているんですか?」

 冨樫は愛美の質問にじっと見つめる事で、何かを導き出そうとしているようだったが

「たぶんそれは違います。ただ、初めてお会いした時に……じっくりと貴女の疑問にお答えする……と伝えたので答えているのです」

 ただに笑った。

「貴女の疑問にお答えできるのは、この上もない喜びですから……」

 冨樫はそう言うと、森林の奥へ目を向けた。


「このお店は私を救う為にあるんですか?」

 愛美は急に思いついて再び質問した。

「何時からあるのではなくて、なんの為にあるのか……そう質問すればよかったんですね」

「いいえ……あの時点でお答えするのはひとつだけです」

「私が今こうして教えてもらえなかったんですね」

「貴女がこうしていてくださって、本当によかった」

 愛美は冨樫の表情に、一抹の不安を持った。

「私が今こうしてので、お店が有る必要が無い……なんて言いませんよね?」

「そうですねぇ……。確かに目的は達成されましたが……」

 再び森林の奥へ視線を投げやる。

「もう少し……このままにしておきましょう。困った事に従業員が殊の外増えてしまい、その方々がいい人達なので……」

 冨樫は爽やかに笑って愛美をほっとさせた。



 そしてその言葉は、再び愛美を不安にさせた。



 ……冨樫の……いや、この森林に関わる〝人〟が彼らを失望させた時、この不思議な喫茶店は無くなって、そして私たちの記憶から消え去ってしまうのかもしれない……

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真夜中の喫茶店 婭麟 @a-rin

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