第7話

「この裏の森林に我が主人が祀られし、祠が在るのをご存知ないでしょうね?」

「祠?」

「我が主人は尊き稲荷大明神であらせられて、此処の地元の者達には崇められていたんですよ」


 愛美がそんな話しを知る由もない。

 父が今の家を買ったのは、愛美が小学校に入る前で、でもその時にはこの辺りはほとんど住宅街として開発されていたから、綺麗で整備された街並みしか記憶にない。


「土地の者じゃない者達が、開発に当たってこの辺を近代化しましてね、その時に此処の森林だけは絶対にこのままにしておくように、昔ながらの人達がしてくれたんです。だからこの森林の持ち主は稲荷大明神様になっているんですよ」

 冨樫は面白そうに笑いながら話しを進める。

「まあ今の時代そんな事あり得ないと思うでしょうけど、不思議とこの森林に手を入れようとする者はいません。まあ、稲荷大明神様のものを人間如きが、好きにできようはずはありませんがね……」

 静かな物言いは、何故か愛美を惹きつける。

「その主人の元にコタが迷い込んだのは、貴女達が生まれ変わって何回めだったか?……話を聞いた主人あるじは、僕にコタを助けてやる様にと仰せになられました。それは由緒正しき稲荷大明神様の仰せなので、コタは閻魔様にご相談をする事を許され、其処で初めて閻魔様は君の裁決をしそびれている事を知られた。これは閻魔様の手落ちであるから、閻魔様は君のループを断ち切る手伝いをして下さる事になってね」

「断ち切る……って、できるんですか?」

「まあ……閻魔様だかね。コタはとにかくあいつを、閻魔様の元に連れて行く事を命じられた。つまりあいつを生まれ変わらせなければ、君は奴に殺される為に産まれて来る事はない。君の寿命は今までの事を鑑みて、人よりちょっと長くなるだろう。この人生で特別罰を受ける事をしなければ、君は寿命が尽きた時に閻魔様に裁決を頂けるし、願えば君の願いは通るだろう」

「願いって……」

「天国か地獄かはたまた、もう一回生まれ変わるか……」

「ふふ……本当かな?」

「願いが叶う……は、僕の憶測だけどね」

 冨樫はにこやかに微笑むと、愛美と見つめ合った。

 愛美が恥ずかしさを覚えて目を逸らす程に、食い入る様に見つめて来る。


「コタは奴の首筋に噛み付いて、そのまま奴を閻魔様の御前に連れて行ったよ」

「えっ?」

「水原さんの力を借りて、奴の首筋にその牙を喰いこませた……。狼が獲物を仕留めるように……。コタにとってあいつは、永年〝的〟として来た獲物だ、奴の首根っこに喰らいついて、そして食いちぎらねば、怒りは収まらない。永年の念願通り奴の首根っこをとらえ食いちぎり、そして閻魔様の元に連れて行った。裁決はくだされ奴は暫くの間地獄の鬼達の餌食となる」

「じゃあ虎太郎さんは?」

「裁決を受ける事になるだろうね。閻魔様の御前に出たんだから……」

「もう帰って来れないの?」

「それはどうだろう?閻魔様の裁決しだいだろうね」

「あっ、水原さんは?」

 愛美は矢継ぎ早に質問をした。

 その様子に冨樫は、目を細めて笑みを浮かべた。

「水原さんは裁決を受けて成仏したそうだよ」

「成仏?」

「娘さんは生まれ変わっていなくて、天国にいるそうだ。暫くは二人仲良く暮らして、そしてまた産まれて来ればいい……。たぶんその頃には、娘さんへの執着も消えている」

「私コタさんと水原さんに助けて貰ったのね」

「それはどうだろう?コタと水原さんは、自分〝も〟救ったんだと思うよ」


 ……そういえば、水原さんも言っていた。私が逃げ果せる事で、二人も救われるって……


 愛美が思い出していた時、冨樫は静かにほくそ笑んで目を伏せた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る