第6話
翌日心配性過ぎる父が帰って来て、当然の事ながらこっぴどく叱られたが、何故か昨夜の事はそのままうやむやとなった。
少し経って、夜分に若い女性を狙った事件が多発していると、近所で話題となったが、父も母もあの夜の事には触れず……。いや、忘れてしまってでもいるように毎日が過ぎた。
そしてほとぼりが冷めた頃、愛美は朝が白けるのを待って、冨樫の喫茶店に訪れた。
「十九歳のお誕生日おめでとうございます」
店に入って顔を見るなり、冨樫は愛美に向かってそう言った。
その日店には誰も居なかった。
朝早く猫に餌をやりに来る常連さんも、店の外には居ない。
ただそわそわとし始めた猫が、外の庭の彼方此方にまったりと座っている姿が、店の中から白み始めた庭に浮かんで見えた。
「どうして私の誕生日を?」
愛美は、カウンターの中に居る冨樫に近づきながら言った。
「貴女は産まれてこの方、十九歳の誕生日を迎えた事がなかったのをご存知で?」
「何を……誰だって十九歳の誕生日は一回だけ……」
「愛美さん、貴女は無限ループって言葉をご存知で?」
冨樫は珈琲を淹れる手を止めて、以前とは違う鋭い視線を向けて言った。
「コンピューターで、ある命令が無限に繰り返される事でしょ?」
答えた時には、愛美は冨樫の前に立っていた。
「ええ……そして貴女はその無限ループに陥ってしまったんです」
「意味が?」
その先を間髪入れずに遮られる。
「貴女はかの昔にある男に殺されました。十九歳を数日に控えたある日です。しかし男は殺人者として逮捕される前に、事故で死んでしまいます。男は二十五歳……貴女と六つ違いでした。そして奴が生まれ変わって来ると、貴女は奴に殺される為に産まれて来るんです」
「えっ?」
「十九歳になる前に……。そして奴はその後二十五歳で死んで行く……」
「なぜ?」
「それが、貴女の場合理由が分からないんですよ。普段死者は地獄の閻魔様の裁決を受けて、地獄へ行くか天に召されるか、はたまた生まれ変るか、地獄より怖いこのループに陥るか?しかし貴女は閻魔様に裁決を受けていないんです」
「じゃあ相手の男は?」
「奴は地獄行きです普通なら。しかし貴女が裁決を受けずにこのループに陥ってしまったから、奴も貴女同様に繰り返される事になった。このループの怖い所は、本当に終える方法が無い所なんです。閻魔様の裁決を受けて陥った者は、閻魔様が終える時期を与えてくださいますが、閻魔様を知らない貴女は、それこそいつ終える事も無く殺され続けるんです」
「うそ……」
呆然と佇む愛美に、冨樫は美味しい珈琲を淹れてくれ、カウンター席に促した。
「そういえば、虎太郎さんと水原さんは無事ですよね?怪我してませんよね?」
立ち尽くす愛美に、冨樫は無言で椅子に促した。
愛美はようやくカウンター席の、ちょっと高い椅子に腰を落とした。
「コタは、貴女が何回目かに生まれ変わった時に、大事に育てた日本犬の霊です」
「霊?」
「ええ……余程可愛がっておられたのでしょね。コタは霊となってこの世に残り、貴女のこの無限ループを終わらせようとずっと守って来たんです。残念ながら今まで上手く行きませんでしたが……」
「水原さんは?」
「水原さんは、一度だけあの男が、貴女以外の女性を殺した時の父親です。掌中の珠の娘さんを彼に奪われた水原さんは、死ぬまで奴を憎み続けて、やはり霊と化して奴への報復を考え続けていました。そしてその機を狙っている内に貴女の事を知り、コタとも知り合ったのです。繰り返される貴女の惨事に、水原さんは怒りを覚えコタに協力するようになったのです」
「協力って?」
「貴女をあいつから救う事です。しかしたかだか霊の力です、幾度となく貴女を助けようとしても、貴女はあいつに殺される……コタの怒りと焦りは想像に難くありません」
冨樫は静かにケーキを愛美の前に置いた。
「……?」
「貴女が産まれて初めての十九歳のお祝いです」
「誕生日は三日前でした」
「そうですか?それはよかった。無事誕生日が迎えられて」
以前と同様に優しい笑顔で言った。
「虎太郎さんは?夜に来ないと会えませんか?」
「コタは暫く来ません」
「えっ?あいつに殺られちゃったんですか?」
「いいえ……」
冨樫はそう言うと少し伏し目がちになった。
瓜実顔の端正な面持ちが、ちょっと女性的でとても綺麗だ。
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