第124話 メグの告白

 メグはしばらく黙っていたが、話し出した。


「わたしが生まれた所は馬車の街なの。男はみんな御者ぎょしゃか馬乗りになって、女はその女房になるのよ。馬を扱う仕事をしている男たちはみな気が荒くて、きつい仕事が終わると浴びるほど酒を飲むのよ。それで女房を殴るの。わたしは御者の家族が集まる長屋ながやで育ったんだけど、夜になると泣き声が聞こえるのよ。女たちの鳴き声。顔がれるほど殴られた女たちが、家を飛び出して、井戸の側に集まって泣いているのよ。わたしはそれがほんとにイヤだった。わたしも大人になったら、御者の奥さんになって同じ目に遇うのかって。だからね、わたしは自分でお金を稼げるようになろうと思ったの。わたしのお母さんは機織りが得意だったから、それを習って布を織って、それでお金を稼げば、女一人でも生きて行けるんじゃないかって。同じような女の子たちを集めてみんなで働けば、仲間もできて楽しく働けるんじゃないかって」


 メグはそこまで一気に話すと、ため息をついた。


「でもね、みんなで働こうと思うと元手がいるの。織機とか仕事場とか。そんなお金を手に入れるなんて私にはできなかった。そんなときにアギラ商会と取引してる男が街にやって来たのよ。それで契約したのよ。親友のマリアも一緒にね。小さい時からずっとお友達なの。あの娘もわたしと同じような育ちだった。だから協力してくれたの。それで、あの仕事を絶対にうまくいかせるんだって決心したの。絶対にやり遂げるんだって。でももう少しでうまくいかなかった。後ほんの少しだったのに……」


 メグの指はヨハネの右肘みぎひじに薬を塗り終えると、背中を渡って彼の左肘ひだりひじに軟膏を塗り始めた。


「そうだったのか。それならもっと早く話してくれれば、何か協力できたかもしれなかったのに」

「わたしはね、男のひとに借りを作りたくなかったのよ。それにあなたのこと、よく知らなかったから少し警戒してたの。今は違うけど」

 そうつぶやくように言うとメグは立ち上がった。

「さあ、おしまい。もう少しご飯を食べてもう一度眠りなさいよ。勝手口の先が台所。さっきのお粥がまだ残ってるわ。それと、これはイゴールの好意よ」


 メグは二組のズボンと二枚のシャツをヨハネに押し付けると、コツコツと革靴の踵を鳴らして勝手口の奥に入っていった。白い夕日の中、一人残されたヨハネは水気の寒さに身震いして、シャツを着た。


 シガーラの鳴き声と夕方の赤い日が、ヨハネの体を照らした。

 彼はもう一度、身震いをした。


 ヨハネは台所で粥の残りを腹いっぱい食べると、部屋に戻ってもう一度眠りについた。夢も見なかった。

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