第122話 奇妙な手形

「ちょっと、いい加減にしなさいよ。助けてもらっておいてなによ、その態度」


 一人の黒い女中服を着た娘が扉を開けると、コツコツと革靴の踵を鳴らして入ってきた。手にはカップを乗せたお盆を持っていた。腰には大きな裁ちを指していた。首にJ字型の赤い石の首飾りを掛け、青い目に金色の髪を頭の後ろで結んでいた。


「メグ、無事だったのか」

 ヨハネは叫んだ。

「無事に決まってるでしょ。馬車から逃げて半日でこの家にたどり着いたのよ。あなたはずいぶんゆっくりだったわね」

「『ゆっくりだった』って、私がどんな目に遇ったと思ってるんだよ」

「知らないわよ。あなたが馬車をひっくり返すから捕まっちゃったんでしょ。私なんかとっくにこの館にたどり着いて、ここでの仕事もあらかた憶えちゃったんだから」

「いくらなんでもそれはひどいだろう。命懸けで君を助けたんだよ」

「……そうね。それは感謝してる。でも恩に着せないでよ」

「そんな気はないよ」

「ならいいけど」

「脱走の日から何日たってるんだ。よく覚えていない」

「三日よ。それにあなたに会うのは二回目。さっきお粥を持ってきて、この部屋まで案内したでしょ」

「あれ、メグだったのか」

「あきれたわね。気付かなかったの」

「建物の造りに気を取られていたんだよ」

「なにそれ。まあ、いいわ。それより、その汚いかっこう何とかしないとね。体を洗いなさいよ。取りあえず上だけでも脱ぎなさい」


 メグはヨハネのシャツを脱がそうと引っぱり上げた。

「おい、人前でよせよ!」

 ヨハネは体をねじった。その瞬間、彼の背中が露わになった。それを見たメグとイゴールは息を飲んだ。

 

 ヨハネの背中は赤黒あかぐろく腫れ上がっていた。両の肩甲骨の間にはYの字を横に延ばした形の黒い焼き印が押してあった。その下には入れ墨で「MARIA」と大きく彫り込まれていた。

 メグが彼の背中に顔を近づけると、入れ墨文字の下には数字の羅列も横に掘られていた。

 

 メグとイゴールは絶句した。

 ヨハネは気まずそうに床の上に座った。


「どうしたのよ、それ」

「カピタンに付けられたんだ。手形だよ」

「手形を人間の背中に! なによそれ!」

 メグは叫んだ。


 イゴールは杖に寄りかかりながら立ち上がり、ヨハネの背中に顔を近づけて言った。

「この焼き印はアギラ商会の刻印ですね。入れ墨で掘られた数字は手形番号でしょう……。しかし背中に手形を書き込むとは、トマスもひどい事をする」

「そんなにひどいのですか。自分では見えないんです」

「ひどいなんてものじゃないわよ。でも、この『MARIA』の文字はどんな意味なの?」

「マリアを買い取った会社にこの背中を見せると彼女を返してくれるそうだ」


 メグとイゴールはもう一度絶句した。

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