第120話 謎の館

 ヨハネは腹の鈍い痛みで目を覚ました。

 空腹やケガのそれではない。空腹の痛みだった。天井は清潔で、頑丈な造りのはりとそれに渡された板で作られていた。折り畳み式の簡易寝台の上で、彼は体を起こした。彼は寝台を降り、立ち上がろうとしたが、全身の痛みと空腹で足が立たなかった。彼は大きな音を立てて寝台ごと床の上に倒れた。


 その音を聞いて、一人の女が部屋の扉を開けた。彼女はヨハネの寝ていた部屋を覗き込むと靴音を立てて去っていった。ヨハネは、ふらつきながらも立ち上がると、折り畳み式の寝台を直して、その上に座った。彼の体の上にかかっていたらしい、麻布を膝の上に掛け、周りを見回した。その部屋は狭いが丈夫な木材で作られた部屋だった。

 先ほどの女が、大きな木製の椀を板の上に載せて戻ってきた。それはくりと魚の肉を散らしたひえの粥だった。ヨハネはそれを受け取ると、差し出されたさじでその粥を胃の腑に流し込んだ。味も咀嚼もなかった。ただ、空の体に食べ物を詰め込む喜びに没頭した。


 食事が終わった。

「この館の主がお待ちです。ついて来て下さい」

 その女は言って部屋を出て行った。

 ヨハネは体に流し込んだものを戻しそうになりながら、痛む体でその後をついて行った。二人は階段を昇って廊下を歩いた。その突き当りには、扉があった。その女が扉を開けて自身は部屋の外に残ったまま、中に入るようにヨハネを促した。

 そこは大きな椅子と小さな机がある広い部屋だった。扉から見て左側は通りに面した壁に、小さな窓が切ってあった。その鎧戸よろいどは開け放たれ、外のざわめきと薄明かりが差し込んでいた。

 

 机の背後には大きな絵が飾ってあった。それは奇妙な絵だった。机に座った中年の男が、本を読みながら、黒いパンを食べていた。その男の顔は青白く、頬には涙の筋が付いていた。その絵のせいか、その部屋は陰鬱いんうつな空気で満ち、家具も調度品もくすんでいた。

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