第107話 混乱と怒号

 ヨハネは波止場の上から海に落ちそうになった。

 ペテロが危うく彼を支えた。


 漕ぎ手たちは船を船着き場へ付けて今日の仕事を終えようとしていた。ニコラスも心配そうに船から降りてきてヨハネの後ろに立って彼を支えた。

「もう一度、順番に、ゆっくり話してくれ」

 ヨハネは真っ青な顔のままのパウロに言った。


「昨日の正午の出来事です。皆さんがエル・マール・インテリオールに出かけてから、三日目です。カピタンと勘定係が、急に男奉公人の部屋に現れました。食後の休憩をしていた男奉公人たちはみな驚いて寝床から飛び起きました。カピタンは『お前たち、織物工房の娘たちを親元まで送り返して、織機と寝台を片付けるように』とお命じになりました」


 そこまでパウロは一気に話した。そして深呼吸をするとまた話し始めた。

「『どうしてですか?』と僕は尋ねました。しかしカピタンは、義手に付けられた短剣を見せながら、恐ろしい顔で『命令通りにやれ』とおっしゃるだけでした。僕たち男奉公人は二つに分かれて一方が工房の片付けを、もう一方は女奉公人たちを馬車で故郷まで送り届ける仕事にかかりました。娘たちはみな泣いていました。事情を聴こうとしたのですが、詳しい事情は分かりませんでした」


「では、マリアとメグも故郷へ帰ったんだな」

 ヨハネは少し微笑んで言った。

「……そうではありません……」

 パウロは震えながら答えた。

「カピタンはあの二人を女奴隷の小屋に入れるように命令なさいました。なぜあの二人だけなのか分かりません」

 ヨハネは顔を赤黒くして怒鳴った。

「なぜ、なぜあの二人が奴隷扱いなんだ。それにあの二人が奴隷小屋に入れられたのは確かなのか?」

「分かりません。僕は工房の片付けを命じられただけです。詳しい事情は分かりません」


 ヨハネは混乱した。

 何が起こったのかまったく分からなかった。

 ついこの間まで同じ時を分かち合った人々が、彼の前からまた急に消えてしまう、彼はそう考えると、全身の血が体から抜けていくような強い絶望感に襲われた。

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