第106話 異変

 そこにニコラスが帰ってきた。

「おお、二人とも待たせたなあ。いまから急げば夕方にはエル・デルタに帰れるだろ」

「ニコラスはどこに行っていたのですか?」

 ヨハネは尋ねた。

のとこよ。あいつはこの島で暮らしてんだわ。浜でな、魚の腹開いて綿わた抜いてたわ。相変わらず暮らし向きはよくねえみたいだが、俺が今まじめに廻船やってるって言ったら、笑ってたわ。昔みたいに笑ってたわ。それでも家には入れてもらえなかったけどよう。まあ、そのうちの心もほぐれるだろ」


 そう言うとおやじさんは二人を促して船に乗せると、船を潮に乗せるべく、漕ぎ手に指示を出しながら櫂を動かし始めた。

 船は三日掛けて他の島々を調査した後、四日目にエル・デルタの街に向かって戻った。


 エル・デルタは、初夏の夕日に照らされて赤黄色あかきいろに光り輝いていた。ヨハネは、海を行く船の上からその街をと眺めた。

 自らの身が売られてきた街、体が擦り切れるほど働いた街、その建設と拡大にわずかながら参加した街、そしてたくさんの人々に出会った街。

 彼は海上の空気の中に夏を感じた。先ほどから胸がざわめくのはそのせいだと思った。


 やがて波止場が近づくと、誰かが大きく手を振っていた。ヨハネはそれに向かって手を振り返した。

「あれは誰だろう」

 ペテロは言った。

「たぶん、パウロだ」

 ヨハネは手を振りながら答えた。

 船が近づくにつれ、青白く変色した顔のパウロが、ちぎれんばかりに腕を振っている様子がヨハネの目に入った。


 何か起こったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る