第103話 不可解な偵察

 次の日、ヨハネとペテロは勘定係に呼び出された。

 勘定係の部屋は三階への階段を昇り切った右側にあった。二人が扉を叩くと中から「入れ」と乾いた声が響いた。中に入ると、広い部屋に書類棚が幾つも置かれ、その奥の小ぶりな机の前にある小さな椅子に勘定係が座っていた。そして二人を見ながら言った。


「二人とも、明日からエル・マール・インテリオールの島を幾つか回って来い。そこで商会がこれからどんな商品を扱うべきか、それをどう輸送すべきか調査して報告しろ」

 ペテロは怪訝けげんな面持ちで聞いた。

「あの、どうやって行くのでしょうか」

 勘定係は無表情で答えた。

「自分たちで何とかするんだよ。商会からは物も金も一切出ないよ。できるだろ」

 ヨハネは答えた。

「はい、何とかなると思います。廻船をやってる知り合いがいます。それに……」

 ヨハネはペテロを見ながら続けた。

「ペテロは市場関係者に広い人脈を持っています。問題ないと思います」

「ああ、そうなのか。知らないうちにしっかり次の仕事を考えてるな」

 そう言うと勘定係は顔を机の書類に落とすと、ペンで何かを書きながら言った。

「明日から三日……いや四日やろう。それでエル・マール・インテリオールの現場を見てこい。特に運送の安全性と漁村の様子だ。帰ったら報告書を出すように……あっ、それからな」


 勘定係は、書類に落としている目線をチラチラと二人へ向けながらいた。

「時間がかかるようだったらもっと長い日にちをとってもいい。通常の業務は奉公人達でも十分できるだろう。いざとなったら私が指揮する。安心しろ」

「……分かりました」

 ヨハネはそう言うと、勘定係の部屋を出た。


「やったな! ヨハネ! これでまた海に出られるぞ!」

 ペテロは頬を赤らめて鼻息荒く言った。

「お前はいつも地面ばかり見て働いてるだろ。海の広さを知るいい機会だ。見上げるほど高い船、小山ほどある波、海の中を流れる潮。心が大きくなる!」

 ペテロは廊下に響き渡るほど大きな声でしゃべり続けた。

「まあ、エル・マール・インテリオールなんて外洋に比べたら池みたいなもんだけどな。それでも海はいいぞ!」

 そう言うとペテロは階段を走り降りて行った。ヨハネは船をどう調達するか考えながら、その後ろをゆっくりと歩いて行った。

 

 船はすぐ見つかった。

『廻船やってる火傷のニコラス』

 そう沖仲士に聞けば、あの男の居場所はすぐに分かった。彼は沖仲士の仮小屋に寝起きしていて、船を出してくれる事に同意した。


 次の日の朝、ヨハネとペテロは火傷のニコラスと彼に雇われた三人の漕ぎ手が操る船で内海うちうみに乗り出した。ヨハネはペトロとニコラスに従って、初めて船を漕いだ。

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