第54話 男二人

 そこで待っていたのは、槍を持った護衛たち十数人だった。


「なっ? 俺の言った通りだろ」

 大将格の護衛兵のひとりが片頬で笑いながら大声で言った。

「逃げだす、道中の食い扶持のために何かを盗んでくる、北へ向かって帰ろうとする、道は来た道しか知らない、だからここを通る」


 ヨハネは絶望した。彼らにあらがうほどの気力も体力も残っていなかった。

 赤毛の護衛が槍の石突いしづきを大きく振りかぶるとヨハネの左肩を打った。ヨハネは激痛にしゃがみ込むと、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。その上から、その護衛は右足でヨハネの腰を踏みつけると右手でヨハネの黒髪を掴んで引っ張り上げた。

 ヨハネは苦悶の声を体から絞り出した。

「よせ」

 大将格の護衛は言った。

「そいつには百万ジェン近い経費が掛かってるんだ。怪我させると売値が半額以下になっちまう」

 赤毛の護衛は手を離した。ヨハネの顔は地面に叩きつけられた。他の護衛たちがヨハネの両手を縄で胴体に縛りつけて、その端を御者が持った。

「さあ、行くぞ。道草喰っちまった。明朝には出発だ」


 ヨハネは大馬車まで連れ戻されると、縄で縛ったまま中に放り込まれた。中にはペテロが待っていた。

「ヨハネ。おまえ馬鹿やったなあ。逃げられるわけないじゃないか。あいつら奴隷運搬を生業なりわいにしてるんだ。捕まるに決まってるだろ」

 ヨハネは叩かれた左肩が痛んでうまく起き上がれなかった。

「その縄を解くんじゃねえぞ」

 外から大声が聞こえた。

ペテロはヨハネを起こして壁にすがらせ、ヨハネの口に水袋を持って来た。ヨハネはゴクゴクと音を立てて水を飲んだ。

「うわっ、おまえ馬糞臭いな。いったいどこに隠れたんだよ」

 ペテロは眉をしかめて言った。

「……馬市の馬糞の山に隠れたんだよ」

 ヨハネは弱々しい声で言った。

「馬糞の山に潜ったのか。おまえ馬鹿だなあ」

 ヨハネは力なく笑った。ペテロも同じように笑った。やがて二人は大声で笑った。人買いの大馬車の中で二人は大声で笑いあった。

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