第52話 馬車の街、ロス・カバジョス

 ヨハネが乗せられた大馬車は走り続けた。


 渓流けいりゅうは細い小川に代わり、やがてなくなった。森はいよいよ深くなり、日は地面に届かなくなった。まるで夜のような街道を大馬車は進み続けた。

 しばらくすると、木が少なくなり、その背丈も低くなって日が当たり始めた。街道は下り坂になって、御者たちは神経質になり始めた。ヨハネが馬車の横に付いた格子窓こうしまどに顔を押し付けて外を見ると、大きな盆地が見えてきた。そこにはたくさんの煉瓦れんがの建物と木造の馬小屋が、街道に沿って建っていた。そして東西南北から山中を通る多くの街道が集まり、その盆地で合流していた。そこはこの大山脈の中央にあるにある大きな交差点の街だったのだ。


 緩やかな下り坂を降りる大馬車の格子窓こうしまどから、ヨハネはその街をじっくりと眺める事ができた。そこには数百の家が立ち並んでいた。そして町の中央には小さな湖があり、その脇の丘の上には、高い壁に囲まれた城砦が門と物見櫓ものみやぐらに守られて建っていた。


「ここは、たぶんロス・カバジョスだ。聞いた事がある。馬車の街だよ」

 隣のペテロが言った。



 この盆地には、地生えの氏族が勢力を誇っていた。彼らの富と勢力の源泉は、大地から採れる穀物でも、鉱山から産まれる金銀でもなく、『物と人を運ぶ力』だった。数百の馬車と数千の馬を持つ彼らは、大山脈の中を通る街道や切り通しを知り尽くしていた。そして馬車と馬の性質を熟知して、人と物の輸送を一手に請け負い、さらに馬の繁殖はんしょくさせて売り、莫大な利益を上げていた。馬車を操る御者ぎょしゃや荷物を守る護衛ごえいたちに武器を持たせれば、彼らは一気に数千の軍隊に姿を変えた。この島の副王も他の氏族や軍閥もこの集団を決して軽んじなかった。また、彼らは独自に街道や切り通しの整備を行い、関所を作って通行税を取った。そして不審者や無法者を取り締まり、自前の手形を発行して通貨の代わりにした。人々はその手形を十分に信用に足るものとした。この氏族は大山脈を支配する小さな王族であり、その首領は『馬車の王』と呼ばれた。


 そして、その主邑しゅゆうは、馬の街を意味する『ロス・カバジョス』という名で呼ばれた。

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