第49話 飢え
その年、エリアールを悲劇が襲った。
いつもの年以上に砂嵐がひどく、
みな困窮した。
蓄えのある者はそれを食いつぶしたが、その余裕のない者は身を売るしかなかった。
ワクワクたちの困窮を見越したように、馬借たちと共に人買いがやって来た。彼らは四頭立ての大きな馬車を大量にしつらえて、大河の切り通しを大挙してやって来た。彼らはエリアールにあるあちこちの村の空き家を借りて滞在した。そしてその横に真っ黒に塗った大きな馬車を幾つも停めた。
その馬車は異様な外観をしていた。横長の細い箱には木製の
衣食住を保証する代わりに、ワクワクたちに仕事を
いったいどんな仕事をさせられて、どれだけの給料が貰えるのか、はっきりしなかった。それでも彼らが作った身売り用の臨時小屋には、たくさんの若いワクワクたちが列を作った。男たちは
ヨハネとペテロはそんな騒ぎを横目で見ながら、あちこちの釣り場を毎日まわった。
あの人も身を売ったのか、とヨハネは衝撃を受けた。
その後も、ヨハネの周りからは少しずつ人が少なくなっていた。
同居していた産婆は、森に茸を取りにいくと言って出たまま帰らなくなった。ヨハネはペテロと一緒に懸命に探したが、「あのばあさんも、年だからね。自分で山に入ったのさ」と人々は口々に言った。
宣教師たちは人買いの元を訪れて、人身売買を止めるように訴えたが、屈強な護衛につまみ出されてしまった。
ヨハネの借り畑はすっかり砂に埋もれてしまい、もはや収穫は望めなかった。飢えがヨハネを襲い始めた。足の力が抜け、目が
ヨハネは食べ物を探し歩きながら、バンブーの森を秘密の小屋まで歩いた。あまりの辛さのせいで、草の上にへたり込んだ。
バンブーの木の葉と地面に生えた雑草は、強い緑色を放って彼の体と心を刺激した。
その生命の力はいったいどこから来るのだろうか、宣教師たちが言うように、造物主のなせる業なのか、それとも大地の奥々から吹き出る命の力なのか、なぜ、自分はその力を体の中に取り込む事ができないのだろうか。
そう思いながら草の青葉を
それは死んだばかりの
途中、木の葉や草を口の中に入れた。とにかく何かを噛んで飢えを紛らわそうとした。が、そのせいで彼は激しい下痢をした。体からすべての水分が抜けていくような激しい下痢だった。
竹の小屋までたどり着くと、ペテロが
「ヨハネか。顔色が悪いな。魚は釣れたか?」
青白い顔でペテロは言った。
「いや、ここ二日ぜんぜん釣れない」
ヨハネは両手で自分の両肩を抱きながら言った。
「もう、身を売るしかないかもな。もうそろそろだ」
ペテロ自慢の金髪は張りと腰を失って、枯れ葉のように彼の額にへばり付いていた。
ヨハネは入り口に寄りかかったまま、
「行くよ」
ペテロは座ったまま答えた。
「俺も行く」
「なんで。ペテロまで行くの?」
「俺は今まであちこちの親戚に飯を食わしてもらってた。けど、最近食い物を貰いにいくと嫌な顔をされるんだ」
「そうなのか」
「ああ、それに俺はこの土地で一生終える気はないんだ。こんな荒れた土地でさ。むかし、馬借たちについてきた、踊り手たちを覚えているか? 俺はあの人たちみたいにいろんな土地を見てみたい」
「でも、身を売るって事は、どんな目に
「大丈夫さ。それに……」
「それに?」
「この土地にいて、どうにかなるのか?」
ヨハネは何も言い返せなかった。
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