第42話 子供と男

 ヨハネは人ごみの中に一人の娘を見つけた。

 その娘はヨハネの小屋の近くに住んでいる一家の末娘だった。彼女は村一番、織物がうまいと評判の器量よしだった。彼女は同じ年頃の娘たちを空き家に集めて、織物と裁縫を教えていた。年の頃は十代半ばだった。


 ヨハネはその娘に何度も敗れた服をつくろってもらった。彼女は村の中でヨハネを見つけると、奥襟をつかんで彼を捕まえ、服のほを見つけては、彼を仕事場に連れて行って服を脱がせ、当て布をした。

 その様子を見て、他の娘たちはくすくすと笑った。ヨハネはその服一枚しかもっていなかったからだ。

 「ヨハネちゃん、まいにち体を洗ってるの? 体の垢を落とさないと服がすぐに傷んじゃうのよ」

 その娘はそう言って継当てを他の娘に任せると、裏の井戸端にヨハネを連れて行き、手ぬぐいでヨハネの全身を丁寧に擦った。

 襟首から背中、わき腹から胸、腹の垢をすっかり落とすと、その娘は言った。

「もうちょっとすれば、君も立派な大人の男ね」


 その娘はいつもは厚手の作業着を着ていたが、いちの立ったその日は、白地に少し黄色の入った服を着て、赤の太い帯を締めていた。そして長い黒髪を後頭部でまとめると朱の紐で結んでいた。


 ヨハネはその姿を見て、その娘の周りに光りがさしているような錯覚を覚えた。

彼は何故か気後れして、その娘に声を掛けられなかった。

 しかし、彼女はヨハネのほうを見ると、笑顔で手を振り、小走りに走り寄って来た。彼も手を振り返した。

 彼女はヨハネの横を小走りで通り抜けた。彼女の先には、ヨハネよりずっと背の高いくらいの男が彼女を待っていた。二人は肩を寄せ合って人ごみの中に消えて行った。

 ヨハネは顔を真っ赤にして下を向いた。

 彼は一度いちど家に帰って、母親の手を引くと、もう一度、人ごみの中に戻って行った。

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