第41話 山の民、馬車の民

 エリアールの南に横たわる東西に長い山脈は、遠くからはその全体像が見えないほど広く、さほど高くない山々の集まりだった。北から南に向かって小さな丘が連なり、やがて肩の丸い山々が並び立った。そして山脈の南は、また低い丘が密集して続き、そして広い平野が広がっていた。そこにはその山脈から流れ出る大河が作ったデルタ地帯が海に向かって広がっていた。


 エリアールの人々は、砂を含んだ空気のせいで、遠くの尾根を見られなかった。しかし、この山脈と山塊が入り混じった山々には、濃い雲海と霧に隠れてたくさんの人々が住んでいた。


 山々の間にはいくつかの盆地が存在した。

 そこでは、山から流れる雪解け水を使って、小規模な農産と養蚕が行われた。また幾つかの鉱山町やたたらの村が存在した。そしてそれらを繋ぐ馬車運送と行商を生業とする山の民が、山から流れ出る川の脇に作られた切り通しを通って、様々な人と物を運んでいた。


 彼らは一年に一度、エリアールにやって来た。二十台ほどの馬車を連ねて、山脈から流れる大河に沿った道の切り通しを通り、様々な商品を天蓋てんがい付きの馬車に満載してやって来た。それらは絹布や鉄製品、薬や装身具など、みな決してエリアールでは作れない物だった。


 多くの馬車が足の太い悍馬かんばかれて山を下って来た。屈強な兵士たちがそれらを守った。御者台の上で得意満面の彼らは、切り通しの道から外れ、井戸のあるワクワクの村の中心地に馬車隊を停めた。馬車隊の頭は井戸の上に立って歌うように叫んだ。

「さあ、エリアールの衆よ。今年もやって来たぞ。ハサミに針に小刀包丁、絹に木綿に金銀指輪、髪留め、コウガイ、くし、組み紐。赤白黄色あかしろきいろの葡萄酒は、どれもこれも舶来物だ。どれもここらじゃ買えない品だ。見物、冷やかし大歓迎。みんな見ていってくれ!」


 それと同時にたくさんの爆竹の音が鳴った。馬車の外壁がパタンと音を立てて外側に開くと、その中は出店のように商品が陳列されていた。白い布の上にたくさんの商品が並べられ、即席の商店街が出来上がった。それと同時にリュートとたて琴が掻き鳴らされた。集まって来たワクワクたちは興奮して、馬車に殺到した。貧しいワクワクたちはさほどの現金を持ってなかったが、良銭とビタ銭をため込み、この日のために一気に吐き出した。


 ヨハネは人ごみの中でもみくちゃにされていたが、見た事もない金属製品や聞いた事もない楽器の音色ですっかり興奮していた。女たちは装身具の周りに集まり、男たちは刃物やはさみの品定めを大声でしていた。

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