第40話 物と人の交換

 次の日、ヨハネはペテロを探して回った。河原、海辺、バンブーの森、その中の小屋、どこを探してもペテロはいなかった。あきらめたヨハネは秘密の小屋の中に寝そべって、いつかペテロが来るかもしれないと、待ち続けた。

遠くから落ち葉を踏む音が聞こえた。


 その足音は大股だった。


 ペテロに違いない、そう思ったヨハネは跳ね起きると小屋の園に飛び出した。バンブーの森の奥に背の高い男の子の姿が見えた。その左肩には大きな魚が何匹もバンブーの若木に通されてぶら下がっていた。ペテロが歩く度に、弾力のあるその木の枝は魚の重みで大きくたわんだ。ペテロは右手に釣り竿を持ったまま大きく手を振った。ヨハネも夢中で振り返した。


「ペテロ! 探してたんだよ。たくさん採ったね。どこで採ったの?」

「鯉がたくさんいる沼を知ってるんだ。そこで釣ったのさ」

「すごいね! ぼくもその沼に連れていってよ」

「ははっ、今度な。でも、釣り場は自分で見つけるもんだぜ」

「見て!」

 ヨハネは、ネトルの釣り糸の両端を両手に持ち、大きく横に広げて意げにペテロに見せた。

「ぼくにもできたよ!」

ペテロはヨハネの作った糸を手に取るともったい付けた態度でしごいたり引っ張ったりしていたが、やがてにっこりと笑った。

「よくできてるじゃないか。すごいぞ」

「ほんと!これでぼくにも釣りができる?」

「ああ、後は針だけだな」


 そう言うとペテロは小屋の床にしゃがみ込んだ。そして敷き詰められたバンブーの葉を手で掻き払うと、土の中から小さな木箱を取り出した。

 ヨハネもその側にしゃがみ込んだ。

 ペテロがその木箱を上げるとその中には、折りたたんだ麻布の上に、十個の黒く光る鉄の釣り針がきれいに並べて置いてあった。ヨハネは宝箱の中を見て目がくらんだ。その鉄の釣り針はヨハネの心を鷲掴みにした。糸を通す穴から伸びた針の軸は、爪の長さほど真っ直ぐ伸びると滑らかな半線を描いて曲がり、その先に黒銀色に光る針先と鋭い返しが付いていた。

「すごい! すごいね!」

「すごいだろ。 これならいくらでも魚は釣れる」

 ヨハネは舐め回るように小さな木箱の中の釣り針を見た。光る金属で造られた釣り針は、ヨハネの心をすっかり捉えてしまった。ヨハネはあまりの興奮によだれを垂らした

「ヨハネ」

「なに」

「これを一つだけ、おまえにやるぞ」

「ほんとに!」

「ああ、一番古いのならやってもいい。その代りおまえは一生俺の弟分だぞ。分かったな」

「うん!」

 ペテロは釣り針を一つ右手でつまみ上げた。ヨハネは両手を差し出した。その上にペテロはゆっくりと釣り針を置いた。十歳のヨハネにとっては、世界中の金殿玉楼きんでんぎょくろう宝玉貴石ぎょくほうきせきよりも、その小さな古い釣り針は価値のある物に思えた。

「それをおまえがよった糸に付けるんだ。しっかりとな。無くすなよ。ははっ」

 ヨハネはすっかり興奮していたが、彼の心の中で大きな疑問が頭をもたげてきた。

「ペテロ。こんなすごい物、いったいどこで手に入れたの? 自分で作ったんじゃあないよね」

「交換したのさ。ははっ」

「だれと?」

「おまえそんな事も知らないのか。毎年夏になるとやって来る連中だよ。馬車に乗ってさ。爆竹を鳴らしたり、楽器を鳴らしたりしてさ。いろんな物を馬車に積んだ来るんだ。それでこの土地のいろんな物と交換するんだ」

「どんな物を持って来るの? どんな物と交換してくれるの?」

「食いもんだな。魚、家畜の干し肉……あとは……」

「あとは?」

「奴隷だよ」

「奴隷って何?」

「人間と物を交換するんだ。薬とか絹、釘、釣り針、テグス……」

 ペテロはその金髪で顔が隠れるように少し下を向いていった。


「ふうん」

 ヨハネは、無表情で爪の甘皮をいじりながら、生返事をした。が、すぐに頬を紅潮させた。

「その人たちいつ来るの?ねえ!」

「暑い季節になると来るぞ。来ない年もあるけど、今年はきっと来るんじゃないかな。ははっ。幕屋を張って曲芸もやるんだぞ」

「すっごく楽しみだね」

 バンブーの森の中の、小屋の屋根の下で、二人の男の子は夢中で話し続けた。緑色の光が小屋の周りだけに丸い光を当てた。

 遠くで雀の鳴き声が聞こえた。

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