第36話 出会い

 ヨハネが目を開けるとたくさんの顔が彼を覗き込んでいた。青い目、黒い目、茶色い目、色とりどりの目の顔が笑顔で彼を寿いだ。

「石合戦は俺たちの勝ちだ」

「あいつら逃げやがった」

「当分この河原で魚を捕るのは俺たちだ」

 みな口々に言った。


 その中でもひとり際立って背の高い金髪の男の子が「立てるか?」とヨハネの手を引っ張った。

「おまえの名前は? 年はいくつだ?」

 ヨハネは起き上がり、額に付いている乾いた血をぬぐいいながら答えた。

「ヨハネ。ヨハネだよ。十歳だ」

 その金髪の男の子は、髪を掻きむしりながら言った。

「俺はペテロ。十一歳。俺の方が兄貴だな。俺たちはいつもこの河原で魚を取ってんだ」

 二人は相対あいたいして立った。ペテロはヨハネより頭一つ分背が高く、胸板も厚かった。まるでコーカシコスのような姿だったが、顔は平らで肌も少し茶色がかっていた。ヨハネはペテロの体格に心理的な圧迫を受けて目を逸らした。

「おまえ、青い目をしてるな。混血か?」

 ペテロは無遠慮に聞いた。ヨハネは目を下に落として、

「ああ、そうだ」と言うと、顔を青白くさせて背中を少し丸めた。

「ふーん。体格はワクワクにしか見えないけどな。目だけ青いんだな」

 ペテロはそう言うと人差し指でヨハネの額をピンと人差し指で弾いた。

「ヨハネ! 今日の勝ちはおまえのおかげだ! おまえもこの河原で魚を取っていいぞ!」

 ペテロは川に向かって走りながら叫んだ。

「今日からおまえは俺たちの仲間だ! 俺が大将だからな! 俺の言う事を聞けよ!」

 そうしてペテロは蕃服ばんぷくを脱ぎ捨てて全裸になると、浅瀬をザブザブと走り抜け、川の深みまで入ると両手で水を縦に掻きながら泳いだ。ペテロは波を立てずに滑るように泳いだ。水しぶきもほとんど飛ばなかった。その後を続いて他の男の子たちも服を脱いでばしゃばしゃと泳ぎ出した。泳げないヨハネはその様子をむっつりと眉間に皺を寄せて眺めた。


 ヨハネには仲間ができた。陰鬱なエリアールには珍しく爽やかな天気が続く五月の夕暮れ時の出来事だった。


 ヨハネの母は帰宅した彼の眉間に付いた傷を見て驚いた。うすべりの上に座って炉の火を起こしていた母は、あなた、この傷どうしたの、と問い詰めた。ヨハネは頭を母の膝の上に乗せながら答えた。

「石合戦をやったんだよ。僕のおかげで勝てたんだ」

 あんな危ない遊びはやめなさい、ヨハネの母はゆっくりと言った。

「でもね、みんなの仲間に入れてもらえたんだ。あの河原で魚を取ってもいいてさ。おかあさんの分も取って来るよ」

 そう言うとヨハネは母の膝に頭を擦りつけた。彼はまだ十歳だった。母の膝の上に頭を乗せるのは赤ん坊の頃に付いた癖だった。ヨハネの母は自分の膝の上に乗った息子の黒髪をかき分けて、手で傷跡を確かめた。頭のてっぺんに大きなこぶがあった。そのまま手をヨハネの顔へ持って来ると眉間に小さな傷があり、その傷口を血の塊が塞いでいた。

 もう二度と石合戦なんかしちゃいけません、とヨハネの母は言った。

「でもね、おかあさん。仲間ができたんだ。仲間に入れてもらえたんだよ。魚も取れるよ」

 ヨハネはねながら言った。

 とにかく、ご飯にするよ。石を投げるのはだめ、そう言った母の膝は昔よりも茶色く細くなったとヨハネには感じられた。

 鍋には稗の粥がぐつぐつと煮えていた。

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