第35話 石合戦

 ヨハネは十歳になった。

 彼は典型的なワクワクの子供に育った。美しい黒髪に茶色い肌、絵に描いたようなワクワクの男の子だった。ただ一つ、灰色がかった強い青色の目をしていた。これで周りの人々はヨハネの父親がどんな人物だったかを察した。村にはたくさんの子供たちがいた。ワクワクの両親から生まれた子供たちは両親の形質をそのまま受け継いで黒髪に茶色い肌、茶色の目をしていた。一方、奉公から帰って来た女から生まれた子供たちは髪が金色や赤毛、肌が白かったり浅黒かったりした。そういう子供たちはたいてい母親の両親と共に暮らし、父を知らなかった。


 子供は群れを作って遊ぶ生き物だ。そして生き物にとって、特に男の子にとって遊びとは争う事だった。争いのきっかけは何でもよい。道で肩がかすった、目があった、そんな小さなきっかけで男の子たちはにらみあい、取っ組み合いの喧嘩をした。様々な喧嘩の中でも一番激しい喧嘩は河原に二つの集団が集まって小石を投げ合う過激な石合戦だった。


 ある晴れた五月の午後、いつものように些細ささいな出来事から、村の男の子たちは二つの集団に分かれて対立を始めた。

 二つの集団とは、純粋なワクワクたちと、混血のワクワクたちだった。双方は川を挟んだ河原に陣取って対峙した。ヨハネは後者に入っていた。浅い川を挟んで、二つの集団はお互いに雑言を吐き始めた。やがて双方とも興奮し始めた。風を切ってと小石が飛び始めた。それは集団で固まっている子供たちの手前まで飛んできて足元の河原にガチリガチリと音を立てて飛び跳ねた。

 混血の男の子たちの後ろで、ヨハネは恐怖に身をすくめていた。彼は喧嘩がたまらなく怖かったが、仲間外れにされるのはもっと怖かった。彼は小石を拾っては目をつぶったまま、前に向かって思い切り投げたが、それは力無く川に落ちるだけだった。

「いたっ」「つっ」と声があちこちから上がった。

 それと同時に仲間の頭に石の当たる音も聞こえてきた。人間の頭は骨と皮膚の間に肉が無い。石のような硬い物が当たるとカツンカツンと乾いた音を立てた。ヨハネは味方の数人が頭から血を流しているのを見た。

 彼がいっそう恐怖にとらわれてしゃがみ込んでしまった時、彼の頭頂部に石がドシリと当たった。振動で奥歯が擦れ合い、不快な苦みが口の中に走った。視界が一瞬暗くなると自分がどの方向を向いているのか分からなくなった。彼がしゃがみ込んで、石が当たった所に右手を当てると、粘り気のある粘液の手触りがした。右手を見てみると赤に茶色が混じった血液がべったりと付着していた。さっきの衝撃で頭の皮が破れたのだ。


 ヨハネは血を見ると自分の頭に血が上るのをはっきりと感じた。


 心臓が急激に動悸どうきし始め、全身に血液を送り出した。目の前が赤くなり、いなずまのような興奮が全身を走った。彼はたくさんの石を腕に抱えると前の仲間たちを押しのけながら最前線まで走った。そこは敵の石がたくさん飛んでくる危険地帯だったが、我を忘れ、ヨハネは右手を振りかぶって石を投げ続けた。川向うでは何人かが頭や顔を押さえて屈みこんだり尻もちを付いたりした。その様子を見て仲間たちも一斉に石を投げ始めた。

 相手方の首領らしき子供がヨハネを指さして怒鳴っているのが聞こえた。

「あいつを狙え! あいつを狙え!」

 十数個の石がヨハネ目がけて飛んできた。ガチリガチリと彼の左右に石が落ちた。それでもヨハネは石を投げ続けた。そして相手の首領が投げた一個の大きな石が放物線を描いてゆっくりと飛んできた。その石は、砂でカスミがかった空をゆっくり横切ってヨハネの眉間に命中した。ガツリ、と音がしてヨハネは気絶した。


 彼は気を失いながら得も言われぬ恍惚感こうこつかんを味わっていた。そしてそのままゆっくりとしゃがみ込んで河原に倒れ込んだ。

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