第37話 男の子ふたり

 ヨハネは食い扶持ぶちを稼がなければならない、と考えだした。朝起きると、蛮服ばんぷくに腰ひもを締めると、石合戦で勝ち取った河原まで走った。そこで母のために魚を取ろうとした。川べりから見ると、魚の姿は見えなかった。彼は、近くに生えたピーノの木の下にある低い崖まで走り抜け、崖の下を見た。水の中には銀色に光る流線型の影が列を作って泳いでいた。ヨハネは水の中に飛び込んだ。影は一斉に泳ぎ去ってしまった。魚がどこに逃げたか、彼は左右を見回したが、もう銀色の影は見えなかった。腰まで水に浸かって、ヨハネは水面を叩いて悔しがり、岸を背にして川の先を見渡した。


 大きな影がヨハネを覆った。

「おまえ、何やってんだ?」

 金髪の男の子が声を掛けた。ペテロだった。

「魚を取ろうとしてるんだ」

「どうやって?」

「手で掴むんだよ」

 ペテロは目を強く閉じて、眉間に皺を寄せた。

「魚を取ろうとしているんだよな?」

「そうだよ。そう言ってるじゃないか」


 ペテロは二、三歩後ろに下がると、空を見上げた。そして高らかに笑った。背の高いペテロが大声で笑うと、空気がびりびりと震え、遠くまで笑い声が響き渡った。ヨハネは自分への嘲笑ちょうしょうに気付くと、顔を白くして怒った。

「何がおかしい?」

「おまえさ、手で魚が掴めるわけないだろ。いいから上がって来いよ」

 そう言うとペテロは身を屈めて右手を伸ばした。ヨハネは意地になって横を向いていたが、水で下半身が冷えて来ると、右手を伸ばした。

 二人の手はしっかりと繋がれ、ペテロの大きな体は、強い力でヨハネの体を岸上まで引き上げた。ヨハネは自分の体を軽々と引き上げるペテロの力に驚いた。ヨハネは腰まで水でずぶ濡れだった。

「おまえ、服を濡らしちゃってちゃんに怒られるぞ」

 ペテロは笑顔で言った。

「あのピーノの木の下まで来いよ。釣りを教えてやる」


 ヨハネはペテロが左手に長い釣り竿を持っているのに気が付いた。それには釣り糸が巻かれその先には黒く光る釣り針が光っていた。ペテロはピーノの木の下に生える草むらを踏み固めると、そこに胡坐あぐらをかいた。

「ヨハネも隣に座れ」

 ヨハネは素直に従った。濡れた蕃服ばんぷくは肌にまつわりついてヨハネの体温を奪った。彼は身震いを一つした。蕃服ばんぷくを脱いで絞ると、ピーノの木の枝に引っ掛けた。午前中の太陽が二人の上に照っていた。


「魚は手掴みじゃ取れないよ。魚を取りたかったら、網で漁をするか、釣りをするか、もりで突くかだな」

「どうすればいいの。ぼくは網も釣り道具ももりも持ってない」

上半身裸のヨハネは口を尖らせた。

「網の漁は大きな網を作らなきゃいけないし、もりの漁は泳ぎの達人じゃなきゃできないからな。釣りが一番いいのさ」

「なら、釣りはどうすればいいの?」

「釣り竿を作るんだよ。バンブーの若枝わかえだに、ネトルの糸、そして鉄の釣り針だ」

 ペテロは自分の釣り竿をヨハネに渡した。ヨハネは、初めて見る釣竿を、恐る恐る受け取った。

「そんなに怖がるなよ。そんなの簡単に作れる。俺の材料を貸してやってもいいぜ」

「ほんと!」

「俺に付いて来いよ。作り方を教えてやる」

「うん!」

ヨハネはまりが弾けるように返事をした。彼は大股で歩きだしたペテロの後を小走りに歩いた。歩きながら生乾きの蕃服に腕を通すと腰ひもを結んだ。

 ペテロは川の近くにあるバンブーの茂みの近くまでくるとヨハネのほうを振り返った。

「ここがバンブーの森だ。これの若木が竿にピッタリなんだ」

 そう言うとペテロは腰の帯に付けていた小刀で一本の若木を素早く切り落とし、枝を払った。そしてヨハネに渡した。

「もらっていいの?」

「いいさ。その代りおまえは俺の子分だぞ」

「うん!」

「次は糸と針だ。いい所に連れていってやる」

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