第32話 唯一の売り物

 世界中にあまねく福音ふくいんをもたらすべきとの使命を帯びた彼らは、この土地にも住み付いた。そして、海岸の流木で粗末な教会を建てると、偶像崇拝ぐうぞうすうはい愚昧ぐまいを説き、ワクワクの神殿を破壊しなければならないと訴え、その代わりに教会を建て、神からの良い知らせに耳を貸すように勧めた。また地面に棒きれでアルファベットを書いて読み書きを教えた。それでも布教は遅々として進まず、ワクワクたちの生活も良くならなかった。やがて宣教師たちはこの土地を呪って『エリアール』と呼んだ。何も生み出さない不毛地帯、との意味だった。


 作物も少ない土地に住み人口の多いワクワウたち持つ価値のある物がただ一つあった。それは自分の体だった。男たちは賃金の要らない兵士や労働者として、女たちは女中や売春婦として、自分で自分を売った。


 山を越えてやって来た目敏めざとい人買いや女衒ぜげんがその仲立ちをした。

 男たちはエリアールの南の山中にある銀山に売られた。この鉱山はこの島国を支配する大商人たちの出資した会社の所有されていた。その会社は多数の奴隷を使役し、その銀は精錬され海外に輸出されて空前の利益を上げた。その代りワクワクの奴隷たちの労働は過酷を極めた。


 彼らは人がやっと一人立てるほどの鉱山道に入り山深く潜って岩を割り続けた。その岩を細かく砕き背中の背嚢に背負うと、地上まで腰を屈めて昇り続けた。ろくな食事も与えられず、不潔な奴隷小屋で寝かされた。たくさんのワクワクの奴隷たちが命を落とした。


 ある者は朝、寝台の中で冷たくなっていた。ある者は落盤事故で体を押し潰された。またある者は鉄砲水で苦しみもがきながら溺死した。


 しかし、奴隷が死んでも会社はさほど困らなかった。次の奴隷はいくらでも供給されたし、その費用は信じられないほど安かった。食うに困っているワクワクはたくさんいたからだ。しかも奴隷に給料は要らなかった。


 女たちは女衒ぜげんに連れられて南の山を越えた。上は二十四五歳から下は十歳までの娘たちが売られて行った。

 彼女たちは奉公人として仕事を与えられる場合もあったが、実際は売春婦として働かされた。炭坑や港で働く男たちには性のが必要だった。また、性の商売は多くの利益を生んだ。もちろんその利益は女たちには還元されず、女衒ぜげんや売春宿の元締めを富ませるだけだった。

 女たちは字も書けなければ数字も分からない。自分がいくらで売られ一晩でいくら稼いでいるのかも分からなかった。結局、契約期間が終わるといくばくかの銀貨を握らされてエリアールに返された。

 返された女たちはほとんどが『父親によらずして』子をはらんでいた。彼女たちが生んだ赤子は、ワクワクとは姿かたちが違っていた。ワクワクは黒髪に茶色い目、うす茶色の肌だったが、赤子たちはワクワクの特徴を持ちながらも、金髪だったり、目が青かったり、肌が黒かったりした。それらの子供たちは他のいわゆる純粋なワクワクからはうとんぜられた。しかし同時に憧れられもした。

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