第31話 見捨てられた土地

 この島国の北には、マール・デル・ノルテと呼ばれる藍色あいいろの水をたたえた海域があった。そして、この島国を造り上げている東西に長い巨大山脈からは、平らで横長の岩盤がその海域に突き出て、小さな平野部をかたち作っていた。その土地の北側にはついたてのように低い山脈が北風からこの土地を守っていた。


 東西には弓なりの長い海岸線があったが、『海が近い土地は決して餓えない』という俚諺りげんはここでは通用しなかった。

 マール・デル・ノルテは決して豊饒ほうじょうの海ではなく、西の海岸から湿り気と塩気を帯びた強い西風を常にこの土地に送り続ける厳しい海だった。さらに一年の内の大半は、太陽が分厚い雲に隠れ、冷たい雨と粘り気のある雪が降るせいで、農作物を育てる事は難しかった。また砂がちの土地ゆえに井戸を掘る事も難しかった。人々は、山影やピーノの林の陰に小さな小屋を建てると、長い距離を歩いて山の清水を汲んでは小さな畑に撒いて、ひえや粟を育て露命ろめいを繋いでいた。この土地にあるただ一つの大河は、南の大山脈から流れ出てこの土地を通ると東に進路を変え、小さな湖に流れ込んでいた。この湖はゆったりとした流れで東隣の入り江に流れ込んでいたため、その水には海水が混じり、飲み水にも田畑にも使えなかった。


 この土地に住んでいる人間はほとんどがワクワクだった。


 この種族は、数千年前からこの島々に住み続けた地生えの人々だった。彼らは累代るいだい住み続けた沃野よくやを追われ、長い流浪の旅を続けた。どこにも行き場所のない彼らは、疫病えきびょう飢餓きがで数を減らしながらさ迷い歩いた。

 そして自分たちの同族が住むこの土地を目指し、この荒れた場所にたどり着いた。元からこの土地に住んでいたワクワクも併せて、この平野はワクワクたちで満ちた。人口が増えたため、人々は困窮した。


 食い扶持を増やすために様々な試みが行われた。しかし、この土地の気候は住む者たちに決して優しくなかった。夏は焼けるように熱く、冬は一日中曇り、冷たい雨が降り続けた。過ごしやすいはずの春と秋は短かった。そして西からは塩気を含んだ風が吹きつけ、水を得るための河も少なかった。


 ワクワクたちは西からの風を防ぐために防風林を作り、畑に水を引くために大河からの用水路を掘る試みを行ったが、ことごとく失敗した。西の海岸に植えられた木々は強い風になぎ倒され塩気を含んだ土に枯らされた。用水路を掘る試みは大河を縁取る分厚い岩盤に阻まれた。

「神に見捨てられた土地だ」

 誰かが形容した。

 そんなこの土地にも宣教師たちはやって来た。

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