第30話 誕生

 暗闇と泥の中で、その赤子は生まれた。外では強い砂嵐が轟轟ごうごうと音を立て小屋を押し潰さんばかりに吹き荒れていた。母親は産褥さんじょくの苦しみで朦朧もうろうとしながら、産婆の腕を強く掴んだ。産婆は古く錆びた刃物でへその緒を断ち切った。


 生臭い血潮の臭いが辺りに広まり、力強い産声が小屋の中に響き渡ったが、小屋の壁に当たる砂の音に掻き消された。産婆が産湯を使うと、その赤子から血と羊水の強い臭いが立ち昇った。それは生物が生きる強い意志を持った際に噴き出す外界へ向けた歓喜の猛りだった。産婆はぼろ布で赤子の体を丁寧に拭くと、それを母親に渡した。彼女はゆっくりと起き上がると、首に掛けていたお守り袋を横にどかし、怒張した左の乳房の先を赤子の口にそっと押し付けた。赤子は乳首を喉の奥にまで吸い込む勢いで母乳を嚥み下し始めた。産婆は母親の背中を後ろから支えた。


「名前がなくっちゃいけないねえ。男の子の名前が二つだよ」

 産婆は母親の耳元で囁いた。母親は出産の疲れで恍惚としながら、

 名前なら二つとも前から決めていた、と言うと、ヨハネ、一つ目の名前はヨハネ、もう一つの名前は……、と産婆の耳元で囁いた。産婆は二度うなずいた。

「きっと良い子に育つだろう」

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