第7話 奴隷商トマスの分析

 だがトマスは別の懸念で頭を使い始めていた。


 この奴隷市場の取引先として価値についての問題だった。


 たくさんの奴隷を仕入れる能力があるのは先ほどの競売で明らかだ。薄利多売を狙って価値の低い奴隷をまとめて売る知恵があり、商品価値の高い希少な奴隷を仕入れる人脈も持っている事実も判った。


 しかし実質上の経営者である二人の人物は情報収集能力に関しては優れているとは言えなかった。この国で軍閥や氏族が独自の紙幣を発行し始めたのはここ五年どころではなく七年近く前からであり、地方によっては、価値の下がり続けるジェン紙幣よりも地元の軍閥の発行する軍用手表が信用を持ち始めていた。


 また血族意識の強い地方では地元の権力のある血族集団の頭目が振出した手形が強い信用を持っていた。遠くにある副王の銀行よりも、地元のお殿様の方が信用できるというわけだ。問題はその程度の事情をこの市場の経営者二人が知らないという事実だった。これくらいの情報は国中に部下を派遣していれば自然と判るはずなのだか、そんな手間すら惜しんでいるのだろう。加えてこの二人は事実上の身内らしいが、身内だけで組織を動かすとどうしても組織に緩みや乱れができる。トマスはこれからの組織運営は身内だけでは行なわず、ある程度距離を置いた関係にある人間の集団で運営されなければならないと考えていた。それらの事情を鑑みるとこの市場は取引先として長く付き合う所ではないだろう、そうトマスは考えた。

 

 長い時間を掛けて、やっとジェン紙幣の勘定が終わった。


 四人の証人全員が、紙幣を全部数え終えた。みなの指はひりひり痛み、肩は上がりにくくなってしまった。そして相手方の計理官が大きな紙でできた契約書を三枚持ってきてトマスに手渡した。まとめ買いのワクワクの売買契約書が一枚と個別に買った二人のものが二枚だった。それらには奴隷の健康状態から年齢性別身長まで事細かに書かれ、奴隷のケガや病気についての特別記載事項とくべつきさいじこうまでが書かれていた。すでに相手方二人の署名はしてあった。トマスは契約書を何度も読み返し、瑕疵かしのない事を確認すると、自分の部下にも同じ作業をさせ、部下と同時に署名した。


 女競売人おんなけいばいにんはホッとため息をついた。

「さあ、これで。面倒な手続きはおしまいでございますよ。後は引き渡しです。奴隷用の馬車は裏の搬入口にお付けください」


 トマスは平然とした様子で言った。

「ああ、わかった。どうやら追加の馬車隊が着いたようだ。後はこの馬車に私が買った二十二人の奴隷たちを乗せれば終わりだ」

 外では人馬のざわめきと馬車のきしむ音が特別室の中まで聞こえてきていた。

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