第19話 女騎士
離宮にある執務室、その中にある王族用の玉座にルドルフは腰をおろしていた。
その椅子の傍らに立っているのは弟のアレクセイだ。
二人の前に、頭を下げて跪いている小柄な人影があった。
「ルデア騎士団所属、エリザベス・ブリッツ以下五名。馳せ参じてございます」
ルドルフとアレクセイに向かってそう奏上したのは、亜麻色の髪を、頭の高い位置で括って後ろに垂らした十代半ばといった年ごろの少女だ。
「ああ。そうか」
「よろしくね~。エリザベスさん」
ルドルフが無表情で答え、アレクセイが軽く笑って返す。
少女の顔があげられる。かわいらしい小さめの顔に、意志が強そうな大きい瞳がきらきらと輝いている。
その様子が、アレクセイにとってはとても好ましく思えた。
しかしルドルフの方は、彼女の方をろくに見ることもせず、
「アレクセイ、後は任せた」
とそっけなく言うと、部屋から立ち去っていってしまった。
ルデア騎士団を代表して挨拶に訪れたのに、総指揮官であるルドルフ王子にいきなり放置された形になった少女騎士が、戸惑ったように目を上下にきょろきょろと迷わせる。
エリザベスは、おそるおそる口を開く。
「申し訳ありませぬ。アレクセイ殿下。わたくしは何か・・・」
「ああ、気にしないでいいよ。エリザベスさんが気に入らないとかじゃないからね。ルドルフ王子っていう人はね、女は男が守るものだと思い込んでるから、あの態度になっちゃったの。言っちゃえば、女の子に慣れてないだけ」
「そうでありますか・・・。承知いたしましてございます」
少し悲しそうな顔をして下がろうとするエリザベスへ、アレクセイが声をかける。
「あのね、僕も、前世は女だったの。それで、男たちに交じって軍隊にいたからね、気持ちはよくわかるよ。せっかく来たんだし、ちょっとお茶でも飲んでいきなよ」
アレクセイはエリザベスを壁沿いに据えられていた長椅子へと座らせる。
そして、あたたかい花茶を長椅子横の小さなテーブルへと置き、バスケットから取り出した焼菓子をエリザベスへと手渡す。
「殿下自らお茶を淹れてくださるなど、もったいのうございます」
「気にしないでいいよ~。僕ね、お茶煎れるの好きだからやってるだけだもん」
エリザベスの隣に、アレクセイがぴょんと座って話しかける。
「僕はね、エリザベスさんを応援するよ。男だらけの中で、男が作った仕組みの中で、女が武器持ってやっていくのだもの。これからもきっと、酷い仕打ちも沢山受けるし、悔しい思いもいっぱいしなきゃいけないと思う」
口をかたく結んで耳を傾けているエリザベスへ、アレクセイは微笑んで続ける。
「女だけじゃないよ、出自が良くないとか、異民族出身だとかそんな理由で多くの人が苦しんでる。でもね、道はある。
そういう少数派は、色んな意味で周りを圧倒してやればいいんだ。
とびっきり上等な“
無理して男のように振る舞う必要なんてない。女としてのお洒落も、諦めなくていい。思うままに楽しんで、どんどん綺麗になって。
力だって、遠慮しなくていい。思う存分発揮して。
エリザベスさんはそれができるよ。見る者の目を奪うような、気高さと才に溢れた素敵な騎士になれる。僕はそう思ってる。ふぁいと!」
アレクセイに励まされて、エリザベスが顔をほころばせる。
「ありがとうございます、アレクセイ殿下。わたくし、極上の女騎士になります!」
離宮から帰っていくエリザベスを見送ったアレクセイは、庭園の木の下でルドルフとジョゼフィーヌが本を見ながら仲睦まじそうに語り合っているのをみつけた。
アレクセイは、二人へと近づいていく。
弟の姿に気が付いたルドルフが顔を上げると、その顔めがけてアレクセイは持っていたバスケットを投げつけた。
「おい、いきなりなにすんだ!」
「ジョゼフィーヌ王女!兄上ったらひどいんです!また仕事を途中で放り投げてどっかいっちゃって!」
非難するような目線を投げかけてくるジョゼフィーヌの顔を見て、ルドルフが慌てる。
「ち、ちがうんです。アレクセイのほうが上手くできるし・・・弟を信じて
「すぐめんどくさい、めんどくさいってこっちに仕事押し付けてくるんです!」
兄弟のやりとりを聞いたジョゼフィーヌが、溜息をつきながらルドルフへと告げた。
「ルドルフ殿下・・・もう、あなた様は。
“めんどくさい”を禁止なされないと、だめですよ?」
ジョゼフィーヌに柔らかく叱られたルドルフが、しょんぼりとつぶやく。
「わかりました・・・。これからは真面目にします・・・しますから」
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