第18話 わたしのこども

 ゴードンは久々の休日をもらい、街へと出かけることにした。

 歩き回るうちに少しの空腹を覚えたゴードンは、馴染みのパン屋を訪れる。

 店に入って出迎えたのは、顔なじみの中年女店員だ。

「おかみさん、肉詰めのパン2つください」

「はい。あら、お兄さん。最近見なかったからどうしたのかと思ってたわよお」

 にこにこと愛想のいい顔を見せて、おばちゃん店員がトングでパンを掴む。

「王宮内に部屋をもらえたので、あまり街へ来れなくなりまして」

「あらあ、出世じゃない。よかったわねえ」

 ふと、ゴードンは、会計台のすぐ横に寝かされている赤ん坊に気が付いた。

 生まれて半年ぐらいいだろうか。寝返りを打とうとはしたけど、手が上手く抜けなくて途中で止まってます。といった体勢でもって、薄くふわふわと黒い髪を生やした頭をこちらにむけて、紫がかった黒い目でじ~っとゴードンのことを見つめている。

「あれ?お孫さんですか?」

「ちょっと縁あってね。うちの子にすることにしたのよ」

「そうなんですか。うちの弟もこれぐらいなんです」

「あらあ、そうなの。ふふふ、この子、寝返りがまだできないのよね。あとちょっとなんだけど」

 パン屋の女主人は、ゴードンへ袋詰めし終わった商品を渡すと、赤ん坊の脇に手をいれて抱き上げる。椅子に腰をおろした女店員の腕の中で、赤ん坊が足をばたばたさせて、あーあーと声をあげ、笑い顔を見せた。

「この子、最近人見知りしだしたのに。お兄さんを見てご機嫌さんだわ」

「よかったです。赤ん坊に泣かれるとちょっと悲しくなってしまいますからね」

 ゴードンは赤子へと笑いかけると店を出ていこうと振り向く。

 すると、店の中をうかがっている黒髪の少女の姿が目に入った。

「ソフィアさんじゃないですか。こんにちは。あなたもパンを買いに来られたのですか?」

「あ、はい。どうしようかなって・・・あ、それでは」

 声をかけると、そそくさと立ち去ってしまったソフィアの背中を見て、ゴードンは少しがっかりした。

 店の中から出てきたパン屋の女主人が、ゴードンへと問いかける。

「ねえ、あなた。さっき黒髪の綺麗な女の人と話してたけれど、お知りあいかしら?」

「はい、少し」

 パン屋の女店員は、こっそりとゴードンへと話し始めた。

「実はねえ、この子。神殿の前に捨てられてたの。あの人、最近ここに買いに来てくれるようになったんだけど、赤ん坊を見る目が他のお客さんと違うというか。母親じゃないかしら。わたしが話しかけてもすぐに逃げちゃうから、あなた、それとなく探ってもらえない?」

 ソフィアさんが、この子の母・・・親?

「母親にしては若すぎませんか?しかし、見た目も似てはいるのは確かですね」

 ゴードンは大いに戸惑ったが、女将の頼みに承諾して店を後にした。


 その夜、ゴードンはソフィアを呼び出した。

「ソフィアさん。あなたは今日、城下のパン屋に来ていらっしゃいましたよね。何か隠しておられるのでは?隠し事は、あなたと・・・その、赤ん坊にとっても良きことにはなりません。正直に話してくださいませんか。罰するとかそういうわけではありません」

 陰鬱な表情をしたソフィアが、ぽつりと語り始めた。

「あの赤子は、わたくしの、弟、です。父が捕えられるとわかった際に、一緒に館から脱出しましたが。反逆者の子であるわたくしたちもまた殺されてしまうと思っておりましたので、その。弟だけでも助かってほしいと思って捨てました」

「姉であると名乗り出るわけにはいかなかったのですか?」

「すでに父母を亡くしたあの子を、わたくしの元に置いておくよりは。あの店のご夫婦に育ててもらった方が、弟は幸せになれるのではないかと感じました。ヴィムという新しい名ももらって、随分と大事にされていましたし。わたくしはルドルフ殿下の温情で救っていただきましたが、アバロ家などいつ王家の気まぐれによって取潰れるかわからないということには変わりありませんので・・・。唯一残った肉親なので、未練がましく訪れてしまっていましたが、もうやめようと思います」

「わかりました。しかし、パン屋のおかみさんも、あなたのことを気に掛けていました。一度ちゃんと会いに行かれてはいかがでしょうか」


 翌日夜、パン屋へと顔を出したゴードンとソフィアの姿があった。

 パン屋の女主人、カリーナは、二人を家へと招き入れる。

 ソフィアが頭を下げる。

「ごめんなさい。あの子を捨てたのはわたしです。申し訳ありません。カリーナさん、あの子をよろしくお願いいたします」

 女主人カリーナは、ソフィアへ優しく言い放つ。

「いいわよ。一度うちにきたんだから、もう、この子はうちの子よ。でも、あなたはこの子を捨てたんじゃないよ。預けただけ。いつでも好きな時に会いにきてやってね」

 赤子を抱いて、成り行きを見守っていたカリーナの夫が、ソフィアの近くへとやってきて、赤ん坊をソフィアへと抱かせてやった。

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