第17話 どうぞよしなに

 ルドルフが執務室へ入ると、すでに宰相ロクセンシェルナと、壮年の、日に焼けた黒髪の男が席に着いていた。

 色黒の男の方は、“アジャールの雷光”こと、軍の重鎮ブリッツ将軍であったはずだ。

 部屋の中に据えられた、一際豪華な椅子へとルドルフが腰を下ろし、口を開く。

「で、賊退治の件だが。わざわざ国に援軍を頼むほどの強敵ということか?ブリッツ将軍よ」

「強さはまあ、そこらの盗賊と変わりませぬ。数が多いのと、あとは構成する人間が厄介でございましてな。山賊、というよりはもはや、一つの民族です。村々から女を奪ってきて妻にする。幼子を攫ってきては、大事に育てて“家族”にしておるのですよ」

 苦々しげに、ブリッツ将軍は続けた。

「そうなれば土地の者にとっては。こちらに魔弾を掃射してくる少年の顔が、かつて盗賊どもに連れていかれた母や姉そっくりであるとか、酷い時には、幼くして持ってかれた自分の息子のようだとか。それを無理に殺せと命ずるのも無慈悲なことではありませんか。それで、“慈悲深き”ルドルフ殿下にお頼み申し上げたという次第かと」

「あ~。国の用意した、質のいい武具をまとわせた大軍でも率いて行って、女と子供を返せば、命だけは助けてやるって脅せばいいのか?」

 ロクセンシェルナが淡々と説明する。

「それが簡単にはいかないのです。これまでにも何人か、交渉により戻ってきてはいるのですが。さらわれてきた時に幼かった子は、すっかり賊の風習に染まっておりますので。取り返してもすぐ“家族”である賊の元へ戻ってしまうのです。女の方にしても、賊と恋仲になっていたり、今更戻っても傷のついた女には居場所がない、一人で子どもを抱えて生きるのは辛いとやはり帰ってしまう者も多くありまして」

「なんだよもう。めんどくせえ。そもそも俺は慈悲深くなんかねえ。わけのわからねえ奴はとりあえず皆殺しにしたら済むんだよ。前回の処刑と遺児の保護はな、色々あって仕方なくやってんの!」

 ロクセンシェルナが、少年を見守るような緩んだ表情をもって励ます。

「では、今回も聡明なルドルフ殿下にとっては楽勝ですな。諸々もろもろ考えてやっていただくだけですので。大丈夫です。前と同じです」

 ブリッツ将軍が、豪快な声をあげて続いた。

「そうでありますぞ、ルドルフ殿下。わたくしの騎士団からも、りすぐった兵を出しましょう。存分に使ってやってくだされ」


 執務室から帰って来たルドルフから、ゴードンは巻物を受け取る。

「承知いたしました。これが、ブリッツ将軍に託された兵の一覧というわけですね。拝見いたします」

 巻物をほどき、目を通していくゴードンの視線が不意に止まる。ゴードンは、そのまま主人のルドルフの方をちらりと見た。

「見ての通りだ」

「・・・エリザベート・ブリッツ様。家名の通り、ブリッツ将軍閣下のご息女でございますね。お父君に似て、武芸を大変好まれるお方とはかねてより聞き及んでおりますが」

 長椅子の上に、うつ伏せで寝転がっていたアレクセイが、足をばたばたさせながら面白がる。

「ざんねんだったね~。女の子連れて行かなきゃ。将軍の推薦は断れないもんね」

「なんでわざわざ、愛娘まなむすめを突っ込んでくるんだよ。父親としてどうかと思うぞ」

「まあ、普通に考えたら、次期国王様があわよくば自分の娘を気に入ってくれたらってところだね~」

 不愉快さを隠そうともしないルドルフのしかめっ面を見て、アレクセイが笑い転げた。

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