第15話 金の冠

 神殿の出口では、意外な人がルドルフを待っていた。銀髪の女性、ルドルフの生母メアリ妃だ。

 メアリ妃は、感慨深げな声色でルドルフへと話しかけた。

「ルドルフ、あなたは。いずれ王になることを選んだのですね」

「母上は、知っておられたのですか」

「ええ。陛下がおしえてくださっていたの」

 ルドルフは、母親の顔を眺めた。いつものように、キャーキャーと騒ぎながら祝ってくるのだと思っていたのに、存外落ち着いているではないか。

 メアリ妃は足を曲げ、そっとルドルフを抱きしめる。

「この先あなたがどうなっても、何をしても。母は、ずっとずっと、あなたの。ルドルフの味方ですからね」

 母親の腕に包まれながら、ルドルフは気付く。この人は、自分が思っていたより沢山のことを知って、考えて生きているのかもしれない。

 きっと、王である夫の苦しみも理解し、寄り添ってきたのだろう。

 自らを抱きしめ終えた母に向かって、ルドルフは微笑む。

「ありがとうございます、母上。わたくしは、あなたを母として生まれてこれたこと、あなたがわたくしを産んでくれたことが嬉しいですよ」


   ※


 ルドルフは、ジョゼフィーヌへ会いに離宮へ向かう道すがら、弟のアレクセイが庭園に植えられている木の下で、赤い果物が載せられた焼き菓子をむしゃむしゃと頬張っていた。

「あにうえ、おかえりなさーい!」

 声をあげるアレクセイに、ルドルフが近づく。

「おう、お前いつみても甘いものばっか食べてんな。たまには肉とかも食え」

「は~い。ジョゼフィーヌさんのとこ行くの?お土産にこれ持ってく?」

「ありがとう。もらうわ」

 菓子の入ったバスケットをルドルフへと手渡しながら、アレクセイはつぶやく。

「冠、金にかわったんだね。なんだかほっとした」

「お前はそれでいいのか?」

「次の王位は兄上のものだと前から思ってましたよ?

 僕は、持って生まれた魔力も才能もどっちみち生かせないし、女の意識を引きずっているから、跡継ぎを作るのも難しいだろうしね。元々、僕は王位を継ぐなどできようのない、ダメ人間だったのです」

「アレクセイは、駄目な人間などではないぞ?前に魔力もらった時に思ったが、あったかくて綺麗で、実に気持ちのよいものだった。前世は、さぞやいい女だったんだろうな、お前」

「もう!そうやって不意打ちで褒めてくるのやめてよ。好きになっちゃうじゃん」

 少し恥ずかしそうに、アレクセイが自分の前髪を撫でる。

 ルドルフが戸惑ったようにはっとした顔をした後、話題を変えた。

「あ~、ああ。そういえば、ナタリア妃はどうしている?」

「母上?一人だと寂しいだろうから、捕えられてた反逆者どものうち、殺さなかった奴らはみんな一緒の部屋にいれといてあげたよ。兄上も言ってたでしょう、父上の他にいい男でも見つけてほしいって」

「俺は一人の男に愛し愛されればと言ったんだ。一人でいいんだよ。なんで何もかも詰め込んでるんだよ。蠱毒かよ」

「こどく・・・?ううん、楽しそうだよ。支配と服従という形でしか愛を知らない女が、力を封じられたらあんなになるんだみたいな」

「はあ。えげつねえな。さぞやイヤな女だったんだろうな、お前」

「そうだよ~。僕はね、国の一つや二つ、滅ぼしちゃうくらいには、しょうワルなんだから」

「王子としてその言葉、洒落にならんな」

 去っていくルドルフを、アレクセイは目を細め、己の心の内を探るように瞳を揺らせて見つめていた。

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