第14話 女神は微笑んで

 ルドルフは、アジャール国王都の郊外にある神殿を訪れていた。

 中央に据えられているのは、上半身が女、下半身が蛇の姿の女神像。

 しかし、その像の中には神など宿らない。ただ単に、その女神の姿を見る者に知らせるために彫られ、納められたものだ。

 なぜなら、女神は今も、国王の中で“存命”だからだ。

 そんなことがあるのだろうか、とルドルフは内心疑っている。


 ―――火に焼かれた子ら、そのかいなの中にいだきて

 アジャール国の始祖は、一柱ひとはしらの女神だ。

 女神がこの地を治めていた人の王“セダリス”と交わって産んだ半神半人の息子、秩序の英雄“アジャール”はしかし、赤い星”ベテルギウス”の先からやってきた異星人との争いのなかで焼き殺されてしまい、女神自身も下半身を醜い蛇の姿に変えられてしまったという。

 子を炎の中に殺され、大いに嘆き悲しむ女神は以来、火に焼かれた記憶を持つ人間の魂を御許に集めて愛し慈しむという。

 国王の座についた人間の瞳が、蛇のように輝くようになることや、王族として生まれてくる者に、自分や弟のアレクセイをはじめ火に焼かれた記憶を持つ者が多いこと、

 このアジャール国に送る人質として、数多くいるミュリツァグロリアの王女・王子たちの中から選ばれたのが火に焼かれて死んだ記憶を持つジョゼフィーヌであったということを思っても、

 この国が大いなる意志を持つ何者かに守られているというのは疑いようがないといえばないのだが。

 女神が中に宿っているというのであれば、国王にはもっとましな言動をさせてくれてもいいのに、と自分の父親のことをルドルフは思った。

 その父王が、入口の方から歩いてくるのをみて、ルドルフは軽く頭を下げて迎えた。

 後ろから、宰相ロクセンシェルナがついてきている。

「よお、ルドルフ。ロクセンシェルナがな、お前に少しきいておきたいことがあるらしくてな」

「ルドルフ殿。近頃は、反逆者の子女を臣下として迎え入れられ、あまつさえ魔法の手ほどきまでされているとか。どういうおつもりか、聞かせていただけないでしょうか」

「反逆者どもの子といえど、アジャールの民。行き場のない子供を放っておいても憎しみを募らせていくばかり。ならば、手元で育んだ方が双方にとっても、この国のためにもなりましょう。

 それに、女に魔法を使えるようにさせるのは良きことです。残念な男にうっかり嫁いでしまったとしても、魔術で殴ってどうにかできるくらいの女の方が見ていて愉快です。精力に溢れて、きっと子も沢山産んでくれる」

 ルドルフの暴言を耳にしたシャマール王は、無表情でルドルフの顔を見据え続ける。

 張りつめた静寂が、神殿内に広がっていく。

 ふと、ロクセンシェルナが何かに気付いて神殿の柱の影へと駆けていく。

 胸元から魔剣を取り出して、数回、振り上げては降ろす。術式が壊れる赤い光が漏れる。

 ロクセンシェルナがシャマール王へと叫ぶ。

「こんなところで毒ガスを作り出さないでください、陛下。あなたはすぐ、人を道連れにして死のうとされる。一人で死んでください」

「すまぬな。急に死にたくなった」

 命の危機に晒されても、顔色一つ変えずこちらを見据えて立っている息子に向けて、シャマール王は続ける。

「もう、好きにしろよ。ほんっと、子供っていうのはよお。何でもすぐ拾ってきて、飼いたがる。ちゃんと“最期”まで面倒みろよ?そこらにほったらかしにしてみろ、殺処分すっからな」

 溜息をついたシャマール王は、ロクセンシェルナへと目を向けた。

 ロクセンシェルナが持っていた木箱を開けると、黄金の小さな冠があった。

「お前は女神に選ばれた。次の国王はお前という証としてこれをやる。女や子供を集めて可愛がるの好きとか、“あの女神”が気に入らないわけがないんだよなあ」

 シャマール王はそう告げると、ルドルフの頭に付けられていた銀の冠のかわりに、新しい金の冠をのせた。

 ルドルフが恭しく答える。

「いずれ王の座に就く者として、日々励むことを誓いましょう」

「ルドルフよう。じゃあなんで今の国王が父上なの?女神が選ぶのでしょう?みたいな顔してんじゃねえぞ。余だって知りたいわ」

「顔に出てましたか。それは失礼いたしました」


 神殿から去っていくルドルフの背中を眺めながら、シャマール王はロクセンシェルナへと嘆く。

「ロクセンシェルナはさあ、なぜいつも死んでくれないのだ?余は悲しいぞ、馴染みの女に逃げられた気分だ。ルドルフが羨ましい、一緒に燃えてくれた人がいて」

「わたくしは、この国のために死ぬ覚悟はあれど、あなたと死ぬ気はありませんよ。ルドルフ殿下にしろ、別にあるじと死にたかったわけではないでしょう、共に生きたかったのです」

「へえ~え。まあ、に限るならば、国王である限りは女神が死なせてはくれないんだがな。まったく、あんなに苦しい思いしてせっかく焼け死んだというのに、ほいほい転生させられてさ。王に選ばれちまって、女どもに弄ばれて。余は悲しいぞ。死は救いだと思っていたのに」

「さあ。陛下みたいな男性の方が、母性をくすぐってほっとけない感じなのでは?おモテになって羨ましい限りです」

「そんなに棒読みで褒めるな。照れるだろうが」

「では、戻りますか。仕事溜まっておりますので。どこかの王のおかげで。おかげで」

「へえへえ。わかったわかった」

 国王について歩き出すロクセンシェルナは、一度だけ振り返る。

 神殿の中央にある女神像の顔を眺めて、懐かしむような、焦がれるような表情で目を細め、再び前を向いて神殿を後にした。

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