第13話 目覚め

 ルドルフは、殿に魔術をおしえるついでに、新しく配下とした反逆者の子女も教育しておこうと、離宮の側にある草原に三人の少女を集めた。

 少女たちはみな、動きやすい、簡素なシャツにひざ丈までのキュロット、長革靴姿だ。

 貴族、王族の女は魔力が強い方が好まれるが、一方で術を使いこなすことが望まれるとは限らない。

 出来ないことが多い方が、ぎょし易いとして嫁に出す時に好まれるからだ。

 そのため、魔術全くの初心者向け講座ともいうべき今回、集まるのは自動的に少女だけということになる。

 ルドルフは、三人の顔を順番に確認していく。

 左端にいるのは我が主こと、ミュリツァグロリア国第三王女ジョゼフィーヌ。

 真ん中に立っている、緑髪の小柄な少女は確か、名はファナ・スキーンといったか。代々財務を司ってきたアジャールの大貴族の娘だったはずだ。

 右端にいる顔を俯けがちに立っている黒髪の娘は、ソフィア・アバロ。

 昨日、アバロ卿の亡骸のところに来ていた娘だな。

 見ればまあ、随分と美しい女だ。

 今も横に立っているゴードンが、ついつい見とれてしまっているのも仕方がない。

 むろん殿のほうが気品に溢れた圧倒的美少女だが。

 ルドルフは口を開く。

「まずは強化術式の一種を使ってもらうがその前に。初めは魔力の流れがとらえにくいから、魔力を一時的に可視化させる術をこのゴードンにかけてもらう」

 ソフィア嬢を見ていることには絶対気付かれたくないが、見てしまうことを我慢できそうにない。といった様子でそわそわしていた少年兵ゴードンに、ルドルフは指示をとばす。

 ゴードンがあわてて魔杖を取り出し、術式を展開する。

「よし、各々自分の体を見てみろ。何か皮膚から出てるもやっとしたやつが魔力だ」

 ジョゼフィーヌは、己の指先から何やら煙のように青い光が立ち込めていることに驚いた。

「まずは魔力の増強だ。頭の中、鼻の奥の方に、でかい空洞があることを想像しろ。本当は、んなもんないけど頑張れ。できたか?できたらその空洞をさらに膨らませていけ。もやっとがすごい出てくるようになる」

 ルドルフは、三人の教え子たちを見回す。少女たちの顔に浮かんでいた驚嘆の色がさらに濃くなったことを認めると、続きを話し始める。

「いい感じだ。もう魔剣を持ってもいいぞ。そのもやもやを、息を長く吐くように剣にまで降ろして来い。自分の体が、剣の先まで伸びたような感覚だ。

 よ~し、吐けよ。もうこれ以上ないってくらいまで吐く。吐いたか?吐いたらもうひと息だけ出せ。できる。腹に力いれろ」

 限界まで空気を振り絞り出した少女たちに、ルドルフは次を示す。

「よし、ゆっくり息吸っていいぞ。ゆっくり、吸って、吐いて。息を通常にもどせ。出来たな?もう、その剣は無事強化されたぞ。お前ら最高だな。

 じゃあ次は、剣を足元に転がってる適当なでかめの石へ突き立ててみろ」

 ジョゼフィーヌが足を開いて、腰を下ろす動作で真っ直ぐ下へ剣を振り下ろすと、大人の頭ほどもある石が真ん中からぱっくりと綺麗に割れた。

「見事!すばらしい」

 殿は元々、刀の扱いがお得意であったからなあ。

 ルドルフは、ジョゼフィーヌの体幹の安定感に惚れ惚れして感嘆の声をあげた。

 緑髪のファナという娘は、ジョゼフィーヌの成功例を見て、自分も同じように剣で突こうとする。

 しかし、元は高位貴族の令嬢らしく、人前で足を開くことには抵抗感があるようだ。

 膝を少しだけ外側に向けると、剣を持って恥ずかしげにしゃがみ込む。刃が石へコンと当たり、石に雷光のようなひびが広がった。

「よし、ファナとやら。魔術の筋がいいぞ。すごくいい。あとは身体を鍛えたら完璧だ」

 ソフィアはどの石にしようか迷っている様子で、剣を持ったまま辺りをきょろきょろと見まわしている。

 その様子を見たゴードンが、助け船をだす。

「この石などどうでしょうか」

 示された石に目を向けたソフィアは、ゴードンに返事をすることなく、腕を思い切り振りあげて、力いっぱい振り下ろした。

 剣の刃が石にぶつかった瞬間、石は割れることなくそのまま弾き飛ばされ、そばにいたゴードンの顔面めがけて真っ直ぐに飛翔。辛うじて展開されていた防護術壁にぶつかって地面へとずり落ちた。

 思いがけない事態に顔をこわばらせているゴードンを見て、ルドルフは思わず苦笑した。

「おい、あんまり最初から気張りすぎるなよ、ソフィア嬢。まあ、魔力は充分だからな。扱いを覚えていこうか」


   ※

 

 魔術の鍛錬を終え、自室へ帰ったジョゼフィーヌが、少し体を震わせる。

「ちょっと冷えたようだ」

 ルドルフはジョゼフィーヌの背中側から薄手の毛布をかける。

「まだ春には成りきっていないですからね。足湯も用意させます」

 侍女が持ってきた、お湯の入った桶に足をいれ、ルドルフの煎れたあたたかいお茶を飲みほしたジョゼフィーヌは、ほうーと息を吐き出して告げた。

「ん。十分にあたたまった」

「稽古で、おみ足が汚れたでしょう。洗います」

「そうだな。たのむ」

 桶に満たされたお湯の中にかるジョゼフィーヌの白い足を、跪いたルドルフは自らのてのひらで、もの柔らかに撫で洗っていく。

 足指の間に、ルドルフの手の指を差し入れられたジョゼフィーヌが、こそばゆさに少し口元を緩めさせる。

 洗い終えたルドルフは、膝折ってしゃがみ込んだ自らの太ももの上に、ふわふわとした布を敷く。そして、両手をジョゼフィーヌの方へ差し出した。

 ジョゼフィーヌが右足を湯の中から出すと、ルドルフはジョゼフィーヌのふくらはぎにそっと触れて自分の方へと導く。ジョゼフィーヌの足がルドルフの太ももを踏みつけると、濡れた脚が布にそっと包まれていく。

 両足を拭われ終わったジョゼフィーヌが、ルドルフの方を向いて自らの膝をぽん、ぽんと叩きながら誘う。

久太くた、ここに座れ」

「おそれおおいことです。殿の上に座るなど」

「遠慮するな。まだ我の体の方が大きい、今のうちしか出来ないのだから」

 ルドルフは、ためらいながらもジョゼフィーヌの膝に浅く腰をおろす。

 ジョゼフィーヌは、ルドルフの小さな体を引き寄せ、抱きしめる。

 おとなしく腕の中に収まっているルドルフの首の後ろを、ジョゼフィーヌは見つめた。

 ―――実にやわらかそうだ。

 少し好奇心にかられたジョゼフィーヌは、ルドルフの着ている白いシャツの襟に人指し指をひっかけて少しおろすと、むき出しになったルドルフのうなじへと唇をつけた。

 その感触が思っていたよりも、ほわほわと気持ちのよいものだったので、次は少し口を開けて、軽くんでみる。やっぱり心地がいい。

 ジョゼフィーヌは、ちゅっと軽い音をたてては口をつけてついばみを繰り返しだす。

 ルドルフが、身じろぎをして呟く。

「おやめください、殿。こそばゆうてかないませぬ」

「あまりにおいしかったから、ついな」

 笑いかけると、ジョゼフィーヌは吸っていたルドルフの肌をそっと撫でた。

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