第12話 紫の花

 夜明け前。空が、山の端から白くなっていくとき。

 ゴードンは、主のルドルフ、その弟のアレクセイとともに刑場を訪れていた。

 ルドルフとアレクセイの二人の王子は、その身を隠すためにフードを目深に被っていている。

 自分の仕えるこの少年たちはなぜ、刑場に来たいと行ったのだろう。意図を読み取れないまま、ゴードンは黙って付き従う。

 主であるルドルフ王子は、弟のアレクセイ王子に歩幅を合わせてあげているようで、普段に比べて遅い歩みだ。

 そうして罪人がくくりつけられていた鉄柱のうち一本の前へ辿り着くと、ルドルフ王子はアレクセイ王子に向けて告げた。

「おい、これがアバロきょうむくろだぞ」

 アレクセイ王子が、柱へ近づいてしゃがみ込む。まとうフードの胸元へ手を入れると一本の黄色の花を取り出して地面に置き、柱の根元に落ちている白い人骨を見ていた。

 常ならば、火刑の後に二日三晩晒された後の死体は、野獣や鳥に食い荒らされ骨も散逸していることが多い。

 しかし、今回は骨だけになるまできれいに焼けていたからか、人一体分の骨がそのまま残っているように見える。

 目をつむり、両手の指を組み合わせて祈りを捧げるアレクセイ王子をよそに、ルドルフ王子は骨の残骸を一欠手に取っていた。

 随分と軽く、脆そうだ。少し力を加えれば、サクッと砕けてしまいそうなぐらいに。

 ルドルフ王子は骨を戻し、アレクセイ王子へと話しかける。

「この男に、かわいがってもらってたのか?」

「はい。アバロのおじさまは、よく笑う、やさしい人でした」

 堪えきれなくなった涙をぽろぽろとこぼすアレクセイ王子に、ルドルフ王子はそっと呟く。

「そうか。すまなかった」

「兄上は役目をこなされただけです。・・・僕もそうです」

 ゴードンは、処刑が行われた日のことを思い出した。

 この幼い王子達は、”二人”で罪人を焼く炎を作り出していたのだった。

 アレクセイ王子が炎を目にすると取り乱すことは、王宮に仕える者ならみな知ることだ。

 そのため、ルドルフ王子があらかじめアレクセイ王子から魔力をもらう儀式をし、炎を出して、操ることはルドルフ王子一人で執り行った。

「火は痛いからな、一気に焼いてやらないとな」

「イタイよね~。ほんとうに。火力は大事です。亡骸だって、綺麗なほうがいいです」

 ゴードンは、幼さに似合わない物騒な語り合いをする二人の王子をそっと見守っていた。

 兄のルドルフ王子の方は、魔力はお強くはなさそうではあるが、魔術を扱う感覚センスがいい。術式がうまくハマるというか、肝が据わっている。

 対して弟アレクセイ王子は、国王とナタリア妃譲りの莫大な魔力・・・に、繊細な心をお持ちだ。

  国民たちは、いずれこの兄弟は王位を巡って血を流し合うと面白がって噂しあっているが、ゴードンはそうはならないのではないか、と思う。

 今のように、兄弟が仲睦まじく、力を合わせて国を治めていく。そうであればいいとゴードンは願った。

 二人の王子が帰路につくのに従って、ゴードンは歩いていく。

 刑場も出ようかというところで、ゴードンが人に見られているような気配に振り向くと、三人がさっきまでいた柱の下に一人の小柄な人間が立っていた。

 警戒のため防御魔術、視認術式を起動。ゴードンが拡大された像を確認すると、真っ白な肌に大きな紫の瞳が印象的な少女だった。

 風に吹かれて流れる黒髪を押さえ、アレクセイ王子が備えた花を拾い上げる儚げな表情に、ゴードンは、すこし見とれてしまう。

 アレクセイ王子が振り向いて、映し出された少女の姿を見る。

「へえ、かなりかわいい、お人形さんみたい。アバロおじさんの隠し子かな?これだから男ってやつはあ」

「お前も今は男だろうが」

 ルドルフ王子は少女には興味がないようで、ぶっきらぼうに答えるとさっさと歩みを再開させた。

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