第11話 慈悲などと

 アジャールの国が、シャマール王の支配下に戻って十日が過ぎたころ。

 離宮の一室に、魔術枷を手足にはめられた十歳ほどから十代後半までの子供が三十人ほど集められ、ひざまずかされていた。

 捕えられた少年少女たちを、王族用の玉座に座って見下ろしているのもまた、年端もいかぬ少年である。

 玉座から、アジャール国第一王子ルドルフが子ども達に向けて申し渡す。

「薄々気付いているだろうが、ここに集められたのは国王へ逆らったとして処刑された罪人どもの子女。そして、その中でも魔力の強い人間、というわけだ。

 放っておけば内乱の火種になりかねぬので、我はそなたらもまた殺めなければならない」

 ルドルフは流し目でじろりと見回す。集められた子供たちは、怯え泣き出す者もいれば、気丈にも睨み返してくるものもいる。

「しかし、我にも思うことはある。彼らなりに、アジャールの国のためを思った結果致し方なく行ったのでは?これは一族まで殺し尽くすほどの悪行なのか?とな」

 一息おいて、ルドルフは声を張り続ける。

謀反むほんとがで家を取りつぶされた者達の末路は悲惨だ。

 処刑を免れたとしても、裏切り者、売国奴のそしりからは一生逃れられない。

 そなたらが、自らの母や姉、妹らを街角へ立たせたくなければ。野垂れ死にしたくなければ、落ち人狩りの手で無残に殺されたくなければ。

 ―――我に尽くすという道もあるということだ」

 ルドルフの言葉に、子どもらと警護の兵士たちが驚嘆する。頭をゆるやかに振ったり、口をぽっかり開けたり様々に反応する聴衆を尻目に、ルドルフは言葉を続けた。

「むろん、いくら取り繕ったところで、我がそなたらの家人の命を奪ったのは変わらない。

 憎むなら憎めばよい。国を出ていくならそれもよい。一晩やる。選ぶがよい。

 このルドルフの下でアジャールという国のために生きるかどうかをな!」


 翌日の昼、ゴードンから反逆者の子供たちについての報告を受けたルドルフが自室に戻っていく。

 我の下に仕えることを選んだのは十人、か。

 残りは全員、後でこっそり殺しとくか。

 そう決めたルドルフが自室の扉を開けると、長椅子に座っていたジョゼフィーヌが、読んでいた書物から顔を上げて微笑む。

「あ、”慈悲じひ蒼炎そうえん”たるルドルフ殿下ではありませんか。お帰りなさいませ」

「やめてください、殿。その二つ名は恥ずかしいです。わたくしが慈悲深いなどと何たる皮肉」

「民草どもがそう呼んでいるらしいな。それに聞いておるぞ、久太くた

 反逆者の子や孫を側に置くなど。宇喜多うきた和泉守いずみのかみを召し抱えた浦上の末路ではないが、臣下はよくよく考えて選んだほうがよいのでは」

「こちらで人質を預かった上で優しく迎え入れてやり、才ある者を活用する。この国にもわたくしにとってもその方が良いのです」

「・・・そこまで考えているのならば、我はもう何も言うまい。何かあれば、すぐ皆殺しで解決しようとしていた久太くたがすっかり落ち着いてなによりよ。叔母上も助けてくれたしの」

 ルドルフは長椅子に倒れ込むと、ジョゼフィーヌの膝に自らの頭をそっとのせた。

「やめよ。書が読めぬではないか」

「殿、どうぞわたくしの頭を本台にしてくださいませ」

 ジョゼフィーヌが吹きだす。

「何を言うておるのだ。女が男をモノ扱いなどできぬ。さては久太くた、ナタリア妃の毒にてられすぎたな。いかんぞ」

「我があるじよ・・・人の上に立つ、ということはこれほど疲れることだったのですね」

 ジョゼフィーヌは穏やかに目を細めると本を傍らへと置き、ルドルフの頭を静かに撫で始める。

 あたたかさに包まれたルドルフは大きく息を吐き出すと、ゆっくりと目を閉じた。

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