第10話 粛清

 王宮炎上の三日後。

 臨時的に、王の居室とされた離宮の一室へとルドルフは訪ねていった。

 部屋の中央に置かれた玉座にどっかりと座る国王シャマール。は予想通りとして、壁沿いに置かれた長椅子に腰をかけた浅葱あさぎ色の髪の若い男、宰相ロクセンシェルナの姿は意外だった。

 シャマール王がルドルフへと切り出す。

「おい、そろそろお前にもまつりごとに手えだしてみたいだろう」

 ルドルフはわざとらしいくらいにうやうやしく答える。

「学ばせていただきとうございます」

「それでだ、ナタリアに手を貸してた奴らの処罰をお前にまかせたい。誰が何したとかよくわからんことは、ロクセンシェルナにきけ」

「ルドルフ殿下、僭越せんえつながら、このロクセンシェルナがお教えさせていただくことになりました」

「よろしく頼む」


 ルドルフは宰相ロクセンシェルナからの説明を受けて自らの居室に帰り、渡された巻物をほどく。

 そこに列記されているのは反逆者たちの名前と、官職、罪状などの詳細。

 加えて、血族、姻族に誰がいるかの報告だ。

 机に肘をつきながら、ルドルフはうなだれた。

 公には逃亡して行方不明扱いのナタリア妃は除くとして。

 大量に挙げられている人々の中で、だれを殺し、生かすか。速やかに定めなければならない。

 こういう細々として、煩わしいことはできればやりたくないのだが。


 己は、ナタリア正妃を引きずり下ろし、父王を解き放つことを決めた。

 すなわち、親ナタリア勢力だった人々の命を奪うことになることも自分は知っていた。

 ナタリア正妃が権力を手にしている間は、少なくともミュリツァ国との戦争は起こりえない。他の国へ攻め込むいくさも。

 だからこそ、戦を好む国王を裏切ってナタリア正妃についた貴族や大臣達がいたのだ。

 その”穏健派”を殺しすぎてしまえば戦は遠からず起こるし、そもそもまつりごとが回らなくなるかもしれない。

 かといって、罰を与えなければ火種を残したままになるし、王家の威信にもかかわる。

 直接反乱を手助けした者だけでなく、子や親族への処遇も考えなければならない。

 これが前世のことであったなら、男は皆殺し、女は見せしめに殺してもいいし、縁者に引き渡すかであった。

 しかし、この星では女も、膨大な魔力を持つ者はきっちり殺しておかないと後々面倒なことになるかもしれないのだ。ナタリア妃のように。

 人の上に立つということは即ち、決断の連続を生きる、ということなのか。

 ルドルフは悟った。


・・・我があの時、間違えなければ。


 そう悔恨の言葉を漏らした殿の気持ちも少しわかってくるというものだ。

 自らの決めたことで、一族が、国が、滅びてしまうかもしれない。

 殿だけを信じ、主が命ずることを成し遂げ、武功を上げればよかった前世とはまた違うせき

 これが、我が主が感じていた苦しみ。

 考えを巡らすほどに、重圧と興奮にルドルフの顔が紅潮していく。

 頭の中と腹の底が熱を蓄えていくのがわかる。

 ―――ああもう、いちいち考えるのも面倒だ。みんな殺してしまいたい。

 

 しばらくたち、息を整えたルドルフは思い出す。

 よくよく考えれば、殿との今生こんじょう、ミュリツァグロリアの王女だ。

 親ミュリツァグロリアの一派を殺しすぎれば、殿の立場が危うくなる。

 今のように自由に会うことも叶わなくなるかもしれない。

 ・・・よし、上の方だけほどほどに殺そう。

 ルドルフは巻物を元のように戻し、父王へと伝えに行くことにした。


      ※


 国王へ反逆した者は、王族の魔術で作り出された炎で焼き殺すのが慣例だ。

 今回、刑の執行をまかされたルドルフは、刑場が見下ろせる台へと立った。

 黒地に金糸の刺繍が全体にほどこされた儀礼用の服をまとい、儀仗ぎじょう用として装飾が華やかに盛られた魔剣を掲げる。

 人の死という娯楽に集まった民達が、いまかと待ち構えているのが感じられる。

 ルドルフは、金属の柱に鎖で縛りつけられた九人の罪人達を見下ろした。

 まだ、己が久太郎くたろうと呼ばれていたころ。火あぶりになった罪人を見たことがあった。

 火刑というのは、なかなか死ねないものだ。風が強く、煙がよく流れる時ならなおの事。昼が夕になっても呻き続けているということもあった。

 自分もまた、火に焼かれた今となってはよくわかる。

 痛みから気を失うこともできぬのだ。

 ルドルフはせめて、炎に焼かれる痛みは最小限に、一息に殺してやることにした。

 立ち上るは、ルドルフの瞳の色と同じ青い炎。

 渾身こんしんの魔力を捧げて火力を急速に上げていき、磔の罪人達へと勢いよく放てば、鮮やかなあま色の炎柱が空へと立ち上がっていく。

 魔力の消費と、術の勢いでよろめくルドルフを、背後に控えていた赤髪の少年兵、ゴードンがすばやく支える。

「殿下。あまり無理をなさらないでください」

「疾く死なせてやらねば哀れだろう?大丈夫だ」

 焼き尽くすように。ついでに、見守る民も楽しませるように派手に。

 蒼炎の嵐がすっかりやんだころ。

 そこには一仕事やりとげた爽快感に、薄い笑みを浮かべたアジャール国第一王子ルドルフの姿があった。

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