第8話 救済の花

 ルドルフが王宮内を進む。炎と煙に覆われている区間に入ってしばらく経つが、ゴードンの持った盾の効果が二人を炎と煙から守っていた。

 進む通路は三階にあり、左側は倉庫、右側は吹き抜けになっていて、舞踏会用を開く大広間が見下ろせる。

 ふと、ルドルフは曲がり角の向こうから聞こえてくる人の足音に気付き、後ろのゴードンへ右手の掌を見せて合図を送る。

 ゴードンが少し下がり、ルドルフが槍を構える。

 角を曲がって来た人物がナタリアであるとわかり、ルドルフは、杖を握るナタリアの右掌へと槍を突きさす。

 十字型の槍に右手と杖を引っ掛けられたナタリアが、振られた槍の回転につられて宙に浮きあがる。自らの身体が振られる遠心力によって、槍が刺さるナタリアの傷口へ負荷がかかり、耐え切れなくなった掌が避けていく。杖を握り続けることができなくなったナタリアは、吹き抜けへと投げ出された。

 とっさに術式を発動したナタリアは、ふわり、といったふうに軽やかに大広間へ着地する。

 ナタリアはドレスの裾を捲りあげ、太ももに縛り付けていた魔剣をスカートの中から取り出す。

 階下に飛び降りてきたルドルフを見たナタリアが言葉をこぼす。

 「ああ、髪。そういうことだったのね・・・」

 乱雑に切り取られた髪型のルドルフに向けて、ナタリアは、眉をひそめながら魔剣を構える。

「アジャールの魔術なんて知るわけないじゃない!」

 叫び声をあげたナタリアに向けて、ルドルフが魔槍の先を向けて突っ込む。

 キーン、という金属音が鳴り、ナタリアの魔剣が槍の穂先を受け止める。

 繰り返しルドルフは槍を打ち込み続けるが、ナタリアはその場に立ったまま防御を行うばかりで、攻撃をしかけてくる気配がない。

 ルドルフはほくそ笑む。腹の子をかばうため、ナタリアは衝撃を防ぐ術式を紡ぎ続けなければならない。その分、攻撃がおろそかになるだろうという読みは当たったようだ。

 通常ならば、ナタリアは数年魔術を齧った程度の己が太刀打ちできるような魔術師ではない。

 拮抗きっこうするルドルフとナタリアの戦いが続く。

 しかし、刃を交わし合う二人の耳に、地を揺らすような男の声がきこえてきた。

「おい、それは余の獲物だ。どけ、ルドルフ」

 国王シャマールが追いついたようだった。

 ルドルフは後ろへと跳躍、ナタリアから距離を置いて父親の方へ目をやる。

 その父の腕の中に、横抱きに収まっている生母、第二王妃メアリの姿を見つけてルドルフは驚いた。今日は里帰りして王宮には不在だったはずの母上がなぜここにいる??

 メアリへ向けて、ナタリアは妬みと憎しみの入り混じった眼差しをそそぐ。

「また、あんたなの。気に入らないわあ。陛下は騙されているのよ」

 シャマール王はナタリアの声を無視し、メアリを抱いたまま、火炎旋風を作成、射出。

 ナタリアは防衛陣を張って炎をやりすごし、自らの夫へ向けて叫び続ける。

「その女は、か弱い、可愛らしいだけの女じゃなくってよ。中に詰まっているのは吐き気を催すような邪悪。なのに、なぜわたくしだけがあんな目にあわないといけないの」

 飛んでくる雷光の矢を、ナタリアは短剣を振って叩き落とし、嘆きの涙を流す。

「わたくしが、何をしたというの。ただ陛下を愛しているのに。許せない・・・わたくしと死んでください!」

 狂乱の声とともに、ナタリアの防御陣が解除。魔力が集積されていく。

 その膨大な魔力が放出される直前、ナタリアの足元の磨きこまれた床から、桃色の巨大な蓮の花が出現。花弁が伸び、ナタリアの身体をとらえていった。

 ナタリアをすっぽりと包み込み、膨らんだ蓮花の蕾が、床の下へと戻り吸い込まれていく。

 攻撃を避けようと術式を編んでいた国王シャマール王の腕が下がる。

「おい、ルドルフか?」

「ああっつい!少しは手加減しろよ。手前てめえの息子が巻き込まれてるだろうが・・・」

 顔をしかめ、ルドルフは両手を確認する。

 炎を避ける魔術防壁を張るために前へ掲げた掌が、焼きただれていだ。

「殿下、治療いたします。こちらへ」

 戦いの様子を広間の端で熟視していたゴードンが杖を取り出し、治癒術式を発動。

 ルドルフの手へ向け緑のまばゆい光が飛び、熱傷が癒えていく。

 シャマール王がルドルフへと叫ぶ。

「おい、ナタリアをどこにやった」

 自分の両手が治ったことを確かめながら、ルドルフは父王へと言い返す。

「父上は、あの女にもう少し温情をかけてやるべきだったのでは。女には過ぎた魔力、屈服させたい気持ちもわからなくはないですが」

「ならば、お前はあの”危険物”を縛り付けずに犯れるのか?」

 ルドルフが、心底うっとうしそうな顔をして答える。

「いつ寝首を掻かれるのかと思えば、ゾクゾクしますな」

 シャマール王が、ハッと大口を開けて笑う。

「ふん、ではナタリアはお前にやろう。せいぜい愛でろよ」

「ありがたくはないですが、いただきますよ」

 やりとげた安堵にため息をつき、ルドルフはこう付け加えた。

「あ、あとそこにいるゴードンっていう守護官、わたくしの直属にください」

「好きにしろ」

「え、わたくしでありますか?」

 急に自分に飛んできた話の流れに、赤毛の少年兵ゴードンは目をぱちくりさせた。

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