第7話 炎上

 ルドルフは、王が客人との謁見に使う大広間に入った。

 時折、地響きがして建物全体が揺れる。

 辺りを見回すも、人影はない。まだ朝だ。大臣や政務官はまだ宮殿内には来ていないはずだし、当直の衛兵達もすでに避難したのだろう。

 広間の奥にある階段を上って進む。

 ルドルフが王宮に仕える使用人達の居室が連なっているところへ辿り着くと、

 としごろ十四、五ほどの赤髪の衛兵が走る背中が見えた。

 少年兵へ向けて、ルドルフが叫ぶ。

「おい、どこの者だ。何をしている。さっさと離宮の方に逃れよ」

「王宮守護、二等官のゴードンと申します。逃げ遅れている者がいないか確かめておりました」

「心がけや良し。だが一人で命を張るな。子供は、年嵩としかさの者が援護にまわって、手柄首をとらせてもらうものだ」

「え、首・・・でありますか?」

 返答に惑うゴードンへ、ルドルフは声をかける。

「おい、ゴードンとやら。我についてこい」

 

 ルドルフは通路を進み、突き当りにある武器庫の扉へ魔短剣を突き立てる。

 がちゃりという音ともに開いた中へと入ると、ルドルフは一本の十字魔槍を手に取った。

 十字槍は、先端が三つに分かれていて、突きさすだけでなく、ひっかける動作も出来る槍である。

 そして後ろに控えるゴードンには、魔法陣が裏側に描かれた盾を渡す。

「持っているだけでも炎と煙避けくらいにはなる。もっておけ。それと、お前、強化術式は使えるか?」

「レベル3程度なら可能でございます」

「よい。この槍にかけてくれ」

 ゴードンは腰に下げた鞄の中から、赤い宝玉のついた杖を取り出し、強化術式を発動。

 槍が金色の光に包まれていく。

「おそれながら。何をなされるのでしょうか」

 ルドルフは槍を受け取ると自らの魔短剣を取り出し、さらに槍に強化を重ねていく。

「人を拾いにいくんだがな。いちいち術式なんぞめんどくさい。強化して突っ込む」


 宮殿は、複数の建物から構成されている。中央に位置するのは、パティオと呼ばれる中庭だ。

 そのパティオにおいて、正妃ナタリアが堂々とした立ち姿を見せていた。

 最初に爆破が起こったオルタとうの方を睨み付け、手には自らの身体ほどもある魔杖を握っている。

 目線の先には、雷光をまとって宙に浮かぶ褐色肌の男。アジャール国王シャマールだ。

「誰の仕業かしら・・・あの枷を外せただなんて。どこからそんな魔力を持ってきたのよ」

 ナタリアは、国王を警戒したまま、周囲にも目を配る。国王の脱出に協力した者がいるはずなのだ。

 国王シャマールが左手を掲げると、金色の弓が手中に現れた。その弓が引かれる動作とともに、雷光の矢がナタリア目がけて射出。

 ナタリアが杖の底を地面へと突き立てると、防護陣が即座に展開。矢の威力を弱めていく。

 形を保てなくなった矢は消滅するも、同時にナタリアの陣も崩壊。

 衝撃風でナタリアの金髪が巻き上げられる。

「国王の魔力が強化されている・・・」

 険しい顔をしたナタリアは杖にしがみ付き、第二波に備える。

「不敬にすぎるぞ、このクソアマあ!おとなしく死んどけ!」

 上空から響く国王の罵声とともに、今度は炎の旋風がナタリアに降り注ぐ。

 炎がナタリアを包み込むも、杖の先端から青い光が拡散、ドーム型に広がり正妃の身を守った。勢い余った火の玉が、周りの建物まで飛び散る。

 魔力の過消費と杖の重みに体勢を崩したナタリアへ、シャマール王は再び雷電の弓矢を放とうとした。しかし、その瞬間。

「いやああ、あつういですわああ」

 間抜けな声とともに、中庭へ駆けてくる女の姿があった。

「メアリか」

 急にあらわれた第二王妃メアリに気を取られた国王シャマールの動きが止まる。

 その隙をついて、ナタリアはすかさず建物の内部へと逃げ込んでいった。

「ちっ、逃げやがった」

 国王シャマールが、中庭へと降りてくる。

「おい、ちょろちょろしてんじゃねえぞ。魔法使えねえくせに」

「お久しぶりです、陛下。まあ、そんなにお肌をお見せになって。メアリ、陛下のセクシーさにどきどきしてしまいますわあ」

 上半身に何もまとわず、下にも破いた布を纏っただけの国王姿を見て、メアリは顔を赤く染めた。

「アホだなお前は」

「ごめんなさい。陛下にいただいた、おリボン。すこし焦がしてしまいましたの」

「どうでもいい」

 そう呟いて、シャマールはメアリを自らの肩へのせて抱えると、炎と煙を防ぐ術式を展開。宮殿の中へと入っていった。

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