第4話 極楽にいる女

 ルドルフとジョゼフィーヌが”再会”したその晩のこと。

 ナタリアがルドルフの部屋を訪れていた。

「ねえ、ルドルフ殿下。お部屋にお邪魔してよろしいかしら」

 閉じ切られた扉の向こうからルドルフが答える。

「お断りいたします」

「まあ、いじわる。そんなこと言われたら、余計に入りたくなってしまうわ。この扉、爆裂術式で吹き飛ばしてよろしいかしら」

「すぐ帰ってください」

 ルドルフが、白く塗られた木の長椅子の上に真っ赤な”宇宙虎”の毛皮を敷いて座ると、すぐ隣にナタリアが腰を下ろした。

「前に話してくれた、ルドルフが元いた星の神様の話、もっと知りたいわ」

「ああ、ほとけですか。ではこんな話はどうでしょう。仏教には、女人成仏という考えがありましてね。女は修行したところで五徳の仏にはなれないのですよ。女は罪深き者なのです。すなわち、けがれていて、欲深くて気まぐれで。すぐに妬んで悩みまどう」

「まあ、ひどいわ」

 ナタリアがわざと怒ったような声を出す。

「しかし、これはわたくし個人の考えなのですが。仏には成れずとも、極楽にいるのは女だらけなのではないかとも思います」

「どうして?」

 聞きたいわ、といったふうにナタリアがルドルフの方に上半身を寄せ、顔を覗き込む。

「女は大地のようにどっしり構えていれば、それでいい。自分が惚れこんだ、たった一人の男に愛されて。子が育てばもう、それだけで幸せになれる。愛さえ与えておいてやれば、どんな”やさぐれ娘”もすっかり落ち着くというものではありませんか」

 ルドルフがナタリアの方へとちらりと顔を向けて話を続ける。

「しかし、男はいくら女をいたところで救われない。

 永遠とこしえに戦い続けなければならぬのです。

 己の誇りを、かかえたものを守るために。

 いつまでたっても極楽には行けず、修羅を彷徨さまようしかないのですよ」

「ふふ、そうかもしれないわね。

 こまめに女と話を交わしてくれる男の人ならなおよくってよ。

 そうだわあ、ルドルフ。いずれわたくしの”シェヘラザード”になってくださいな」

「不敬であるぞ、殺すぞこのクソアマ!」

 ルドルフが怒気を含ませた声で唸った。銀髪が揺れ、褐色の眉間が寄る。

「まあ、そのお顔、国王陛下にそっくり。魂の出どころが違っても、やっぱり親子なのね」

「はあ・・・これだから女は」

 ルドルフはもう沢山だといったふうに首を振ると、ナタリアに向き直って呟く。

「父上といえば、おぐしが随分伸びていたように思えたのですが。そろそろ切ったほうがよろしいのでは?」

「なあに?のぞき見かしら。子供のくせに、いやらしいのねえ」

「ええ。この身体は楽しみが少ないもので。ともあれ、忠告はしましたからね」

「・・・ねえ、ルドルフ。あなた王位が欲しい?」

「腹を痛めた子の方に王位をやりたいのが母親というものでしょう、その問いには答えられませんね」

「否定しないってことは、王になりたいのね。わたくしを殺したい?」

 ナタリアが、ルドルフの耳元に囁く。

「死ねとまでは思いませんが、おとなしくはしていてほしいですね」

 全く顔色を変えることなくルドルフが答える。

「王になってどうしたいのかしら?」

「深い意味はありませんよ。どうせなら、王になったほうがモテるし、女性にもデカいものを貢げますからね」

「ふうん。あなた、女にはあまり興味ないのかと思っていたわ」

「そんなことはありません。わたくしは、惚れたお方には頭があがらない男なのです」

 見つめ合い、静かに笑いあうルドルフとナタリアの耳に、扉の向こうから女の呼び声が聞こえてきた。

「ルドルフ、ルドルフ。母ですよお~。今夜は、わたくしとお芝居を見に行く予定だったでしょお。早く支度しなさいね~♪」

 アジャール国第一王子ルドルフの生母にして、第二王妃メアリがやって来たようだ。

「あら、長居してしまったようね」

 ナタリアが立ち上がると、部屋の外へと出ていく。

 扉を開いた時に見えたメアリの柔和な顔を、ナタリアは横眼で睨み付けながら去っていく。

 メアリはその視線には全く気を留めず、ルドルフに向けて笑顔を向けて、弾んだ声を上げながら部屋の中へと入って来た。

「もう、ルドルフったらあ、女の人にモテモテなんだからあ。さすが、アジャールの真珠と誉れ高き、美しすぎるこの母の息子だわあ」

 メアリは、丁寧にカールさせた長い銀髪を自らの真っ白な手首に乗せて持ち上げ、見せつけるようにふわりと揺らした。

 そして、紫の布地にピンクのレースを重ね合わせたドレスの裾を摘み、くるりと軽く踊る。

「あ~、はいはい。母上うるわしいうるわしい」

「まあッ。そんなに褒めないで。照れてしまいますわ。さすがわたしのむす・・・」

「何かいいました?それより芝居の約束なんかしておりましたっけ。行きたくありません。この後、人と会う約束あるので」

「もうっ!このおませさん!もう母に、息子の反抗期の切なさを味合わせてしまうつもりなの!?まあいいわ。今日は許してあげる。明日のお昼一緒にケーキ食べましょっ!」

 そう言い残すと、メアリはドレスの裾をひるがえしながらどこかへ走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る