第3話 わたしを愛して

 アジャール王国、正妃ナタリアの居室。

 ジョゼフィーヌは、自分の背丈ほどもある大きな鏡のついた化粧台の椅子に腰かけていた。唐草のように絡み合った植物の文様が、金色に鏡の縁を彩っている。

 ナタリアが、ジョゼフィーヌの後ろに立ち、侍女に頼むことなく自らの手で櫛を持ち、ジョゼフィーヌの髪を梳いている。

「伯母上様。なぜ、わらわにルドルフ殿下の話を聞かせようと思われたのです」

「そうねえ。あなたが生きやすくするため、”歪み”を自覚できるようになるため、かしら」

「そんなに変でしょうか。姫であろうとは努めているのですが・・・」

「いいえ、歪みをもっているのは、みんな。人との関わり、価値判断、欲望のかたち。でもね、転生者の方が、周りとの折り合いが難しいみたいだから」

「生きづらい、と言えばそうかもしれません。どうしても前世に引きずられます」

「沢山、本を読んでください。様々な、人に会って語り合ってください。色とりどりの物語があなたの”歪み”を照らし出すわ。その後、他のかたちに変えてもいいし、今の色を大事にしてもいい。選べるものは、多いほうがいいでしょう?」

「ええ、どうせ生きるなら楽しく行きたいものです」

 ジョゼフィーヌは、ナタリアへ笑いかけた。

 ナタリアが微笑み返し、ジョゼフィーヌの金髪を編み込んでいく。

「ルドルフ殿下のお話は、どうでしたか」

「まだわたくしの中では整理ができていないのですが・・・とても、かなしい話でした」

「そうなのね。わたくしは、ルドルフ殿下のお話、とっても素敵だと思ったわ」

「なぜです。主を亡くし、自らも死んでしまったのに」

「だって、その殿トノっていう方のこと、ルドルフ殿下は大好きだったんだろうなってことが伝わってくるもの。きっとあの方の誇り、宝物なのね。あまりに辛い過去生を持つ人は話したがりませんもの、言葉にすれば、その重みに潰されて死んでしまうから。それが、あの方ときたら。わたくしのような”よそ者”にまで語ってしまうのだから」

 ナタリアは実に嬉しそうな笑い声をあげ、続けた。

「あなたの前世がどのようなものだったか、わたくしは知りません。それでも、あなたの生きてきた、その道筋に敬意を示します。けれど、この世界で生きる者として、女としてはわたくしの方が長いものですから、どうぞ頼ってくださいな。かわいらしい、わたくしの姪っ子ちゃん」

ナタリアは、編み込み終わったジョゼフィーヌの髪を上へまとめると、ピンで留める。そして、大きな赤いリボンのついた髪飾りを上から差し込む。

 ジョゼフィーヌの頬に、ナタリアはそっとキスをした。

「さあ、髪が出来上がったわ。お茶にしましょう」


 煎れ立ての茶を持ってきた侍女が部屋の外へと下がると、

 ナタリアはそのまま茶を口に含む。

 いつもなら、発酵させた茶葉を濃く入れた中に、香りの強い酒を少し垂らしていたのに。

 少し意外な顔をしたジョゼフィーヌに、ナタリアは踊るような声で告げた。

「ふふ、二人目ができたのよ。お酒は、断った方が魔力の強い子が生まれるときいたものですから」

 どういう反応をすればいいのかとジョゼフィーヌは惑う。

 公には、国王はすでに一年は、誰も会うことができないという軟禁状態とされているはずだ。

「ジョゼ、何も不思議なことじゃないわ。だって国王陛下はわたくしを愛してくれているのだもの」

「おめでとうございます、叔母様」

 ジョゼフィーヌは、繰り返し練習して身に着けた可憐な笑顔で答えた。

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