第2話 あなたへ捧げたい

 ルドルフは床に膝をついた。

「わたくしは、この国をまず治めた後にあなた様にしたがいましょう。あなた様は、ミュリツァグロリアをお獲りくださいませ」

「ふん、我は他国の人質となっている身。ろくに”魔術”の習いも受けられるというのに随分と簡単に言ってくれる。久太くたは相変わらず大きなことを言うのが好きよな」

「いいえ、わたくしは妾腹とはいえ第一王子です。

 正妃腹の弟達を押しのければ、あなた様にこの豊かな国を捧げられます。

 ミュリツァグロリアを平らげる兵も集められます」

「おぬし・・・少しは今の家族も大事にしてやれ。

 縁あって同じ血に生まれたのであろうに。

 確かに我には悔しさや望みもなくはないが、我は此度こたび、女人の身に生まれた。

もう人を殺める罪を重ねぬように、臣下を火に焼かせる過ちを犯すことの無きようにという御仏みほとけの思し召しであろうよ」

 ジョゼフィーヌは緩やかなアーチを見せる金の眉の端を下げ、諦念の微笑みを見せながら付け加えた。

久太くたに会えたことは、素直にうれしゅう思うがな」

「そうですか。わたくしも殿に会えて喜悦の極みでございます」

 ルドルフは答え、ジョゼフィーヌの方に右手を差し出す。

 この世界での身分の高い人間への礼儀ある挨拶だ。

 ジョゼフィーヌは自身の方に向けられた手の甲に、自分の右掌を重ね合わせた。

 ルドルフは手首を裏返してジョゼフィーヌの手をしっかりと握り、儀式を完了させる。

 そのまま立ち上がり、頭一つ分高いジョゼフィーヌの顔を見上げた。

「ぜひあなた様に会っていただきたい人がいます。わたくしの父です」

「国王はたしか・・・」

「ええ。あなた様の伯母君であります、正妃ナタリア様と大臣たちの反乱により幽閉されております」

 ジョゼフィーヌは、なぜ己が王に会う必要があるのかルドルフの意図がわからなかったが、興味がわかないわけでもなかった。

 この国の状況を知ることは、自分の身の振り方を考える上でも有用だ。

「まあ、よいでろう」

「ありがとうございます」


 ルドルフの部屋に設けられていた隠し扉、その先にあった石造りの道を延々と進んでいく。先には、小さな部屋が設けられていた。杖などの魔術道具や本が無造作に転がっている。

 きょろきょろと部屋を見回すジョゼフィーヌに、ルドルフは壁に掛けられていた小さな額縁を指さした。見れば、向こうが透けているようだ。

「覗いてください。反対側からはみえないように、そしてこちらの音も聞こえぬようになっています」

 ジョゼフィーヌは覗きこむ。

 部屋の上部に設けられた天窓からかすかな光が差し込み、囚われの王の姿を照らし出す。

 若い男だ。確かまだ、歳も三十かそこらだったように記憶している。

 乱れた銀髪の間から覗く閉じられた目に鼻筋、明るい小麦色の肌はルドルフと似ている。

 拘束された両手首は鎖で吊り上げられて、足は床から突き出た金具に固定されている。 口に付けられているくつわにより声も封じられている様だ。

 そしてなぜなのかはわからないが、粗末な女物のドレスを着せられている。

 ジョゼフィーヌは目を疑った。

 軟禁されているとはいえ、これが一国の王が受ける扱いだろうか。

 コツ、コツ、コツ。

 何者かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

 がちゃりと鍵が開けられる音がして、一人の若い女が入ってくる。

 真っ直ぐと腰まで伸びた豊かな金髪に、白い肌。

 整った目鼻立ちに施された青いアイシャドーに、真っ赤な唇。

 胸元にリボンがふんだんに付けられた、流行りの緑色のドレスを優雅に纏っている。

 ガジャール王国の正妃にしてミュリツァグロリアの皇帝妹、ナタリアであった。

「殿下、いい子にしてましたか?」

 ナタリアは繋がれた王に近づく。

 妃の美しい横顔が上気し、恍惚とした表情を見せている。

 王の側にしゃがみ込んだナタリアは、王のまとう布の中に手を突っ込んでは、引っ張ったり指を突き入れたりとクスクス笑い声をあげながら弄ぶ。

 唸り声をあげて身じろぎをする王を、ナタリアは楽しそうに笑う。

「まあまあ、そんなに声をおあげになって、はしたない陛下。愛しております」

 そう言った後、ナタリアの顔は不意に真顔に戻る。そのまま足を上げたかと思うと、ヒール靴をはいたまま王の全身を繰り返し踏みしめ始めた。


 部屋に戻った後も、予想だにしない光景を見せつけられて、ジョゼフィーヌは険しい顔をして黙りこくっていた。

 ルドルフは懇願する。

「あなた様のお身内ではございますが、あの女だけは討つことをお許しくださいませ。まだ短い縁とはいえど、父は父でございます。親の恥をそそぐのは子の務め」

「よい、許す」

 ジョゼフィーヌが怒りを押し殺した声をだした。

「では、殺します」

 まあ、王妃は、自分がされてきたことを夫にやり返しているだけの哀れな女なのだけれど。

 ナタリアへの憐憫を心の中に仕舞い込み、ルドルフは、その幼い容姿には似合わぬ残酷な言葉に唇を歪ませた。

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