第5話古代人の努力

 (ほぅ。箸は上手く使えるんだね。いや、むしろアタシ達が大昔から箸の文化を受け継いできたって事かね。)


 満面の笑みを浮かべながら美味しそうに料理を食べる優に対して梅子が抱いた最初の感想がそれだった。はっきり言って若い衆どころか自分たちよりも澱みなく、美しく箸を使っている。流石は古代人といったところか。

 数分後、優は出された食事を綺麗に平らげた。女性に対しては少々多めの量だったが、全てその胃袋に収まっている。満足げであると同時に苦しそうでもあるので、やはり量的には多かったようだ。


 「《はふぅ。ごちそうさまでした!とっても美味しかったです。》」

 「《礼、不要。》」

 「《あの、一つお願いがあるんですが、いいですか?》」

 「《了承。》」

 「《私にも仕事を下さい!》」


 優が何を言い出すのか警戒していた梅子だったが、彼女の予想の斜め上を行く頼みに困惑を隠せなかった。咄嗟のことで返答出来なかった梅子の反応を拒絶と捉えたのか、優は縋るような目で彼女を見つめる。


 「《わ、私、必死に働きます!》」

 「《何故?》」

 「《あの、その、私が役に立つと知ってくれれば信用してくれるかなって思ったんですけど…どうでしょうか?》」


 優の瞳からは、その言葉通り必死さが伝わってきた。敵が多くなりやすい稼業に生きる者として、梅子や船員達は相手が嘘を付いているか否かは判断できる。その感覚は優が嘘を付いていないと告げていた。ならば何故優がこんなことを言い出したのかだが、おそらくは労働によって信用を得ようとしているのだろう。確かに何も持っていない彼女が信用を得るには真面目に労働するくらいしかない。

 彼女が必死になる理由は、海城商会で雇って欲しいからだ。和真達は優を古代人だと知った上で警戒しつつも即刻排除しようとせず、さらに隷属することを求めることもなかった。しかし、他の現代人も全員がそうであるとは限らない。彼女を異質な者として隔離するならまだマシで、古代の文明を取り戻そうと画策している連中に知られれば怪しい実験に使われる可能性すらある。それを優は正確に理解しているからこそ、梅子に頼んでいるのだ。

 本来ならば船長である和真の判断を仰ぐべきなのだが、梅子はそれをしなかった。十中八九、情に絆されたと言われて渋ると予想したからである。そうではないと言い切れない所がある梅子は、意を決して優の想いに応えることにした。


 「《了承。追尾。》」

 「《えっ?あっ、ついて来いって事ですね。ありがとうございます、って待って下さい!》」


 立ち上がってさっさと部屋から出ようとする梅子に、優は慌てて付いて行くのだった。



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 「《あの、これって…?》」

 「《保管庫、整理。仕事。》」


 梅子が優を連れて行ったのは、船底にあった遺産の保管庫であった。今のところ船の動力などに大きな問題がないので、梅子の仕事は自然と今回の戦利品の整理になる。それを優に手伝わせようというのだ。

 現状、分別のやり方は非常に大雑把で、見るからに破損している物とそうでない物の二種類に分けている。まだ始めたばかりなのでやれること自体が少ないのだ。それが終われば次は破損していない物で状態の良好な物、修理すれば使える物、恐らく再起動が不可能な物に分けていく。『アマテラス』に到着するまでにこの段階まで整理するのが目標だ。


 「《解りました!頑張ります!》」

 「《無理、否定。》」


 梅子の無理をするなという助言を受けたものの、優は張り切っていた。今のところ、この船は彼女にとって唯一の居場所である。少しでも役に立つところを見せて追い出されないようにしなければならないのだ。しかし、分別の仕事はそう簡単なものではなかった。


 「《うぐぐぐぐ…!お、重いぃ…!》」


 和真が持って来た機械類はすべて水没していたので、内部に海水が残っている場合が多く、見た目以上に重い。梅子のように昔から肉体労働に従事していて男性並の腕力のある女性ならともかく、普通の女性には難しい仕事だ。さらに優の腕力は輪をかけて弱く、さらに体力もなかった。にもかかわらず大き目の遺産を運ぼうとするので、優は十分も経たずにヘロヘロになってへたり込んでしまったのである。


 「《はぁ…ふぅ…うぅ、全然動かせないよ…。》」

 「《重量過多?無理、否定。》」

 「《い、いえ!大丈夫です!まだまだいけます!》」


 心配した梅子が気を使うものの、優は慌てて立ち上がって分別を再開する。顔を真っ赤にして力を入れるものの、ちっとも作業に貢献できない不毛な時間は、夕飯の直前まで続くのだった。



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 「なあ梅婆、アイツ何で落ち込んでたんだ?」


 夕日が沈み、今日の航海を終えて錨を降ろした『無頼丸』の食堂にて、和真は梅子にそう問うた。とはもちろん優の事である。梅子と共に食堂に入って来た時から、彼女は見るからに落ち込んでいた。背中から負のオーラが漂ってくるのを幻視するほどに。残りの男三人も当然気になっていたのだが、優のこの世の終わりのような表情に聞くのを躊躇っていたのだ。

 しかし、放置するわけにも行かない。夕食を終えて彼女が一人でトボトボと梅子の船室に帰った後、事情を知っているであろう梅子に和真が質問を投げかけたのである。


 「ああ、ちょっとね…。」

 「何だよ、隠し事か?」

 「そういうことじゃないけどね…。まあ言わなきゃあね。実はね…」


 それから梅子は今日の昼からの顛末についてかいつまんで語った。聞き終わった和真達は二重の意味でため息をついてしまう。一つは勝手に優を働かせた事から、そしてもう一つは優の身体能力の低さからである。優が海城商会に匿って貰いたい気持ちはわからないでもないが、このままでは彼女を雇うことはできない。その理由こそ、三人のため息の原因だった。

 船の仕事と言うのは、基本的に力仕事だ。どんな船でも乗っているのは屈強な男が大多数である。数少ない例外は料理人や船医だが、そういう人たちも『アマテラス』の同業者よりもよほど体格がいい。古代の技術で造られた動力を搭載している『無頼丸』ならば力仕事は少ないが、それ以外の仕事も体力が無い者に任せるのは難しい仕事ばかりなのである。

 ならば『アマテラス』での事務仕事をやってもらう事になるのだが、それは肉体労働以上に難しいだろう。なぜなら、優は古代語である日本語しか使えないからである。事務仕事も言語も、習得するにはある程度の時間が必要だ。サルベージが主な業務である『浚い屋』は、遺物の発掘が出来なければ収入を得られないのに大当たり出来ることはほとんどないハイリスク・ローリターンな職業だ。そんな職場に無駄飯ぐらいは必要ない。故に、今のところ優を雇用するメリットが一切ないのである。

 そもそも、前提として古代人の優を手元に置いておくこと自体が大きな爆弾と言える。彼女というイレギュラーを巡って、何が起こるかは全く予想がつかないのだ。身内でもないのに、そんな爆弾のような存在を庇護するのは不可能である。それ相応の利益を齎してくれるのでなければ割に合わないと思うのは当然だろう。


 「勝手に仕事をさせたのは悪かったよ。」

 「そっちはいい。向こうが自分からやりてぇって言いだしたんだ。むしろ、やる気と元気があっていいじゃねぇか。ただなぁ…それだけじゃあ雇えんわな。」

 「全くですぜ、お頭。使えねぇ奴を雇うわけにはいかねぇですぜ。同情はしやすがね。」

 「兄貴の言う通りっすね。無理なもんは無理っす。大体、俺達ぁあの女が何かしでかすと思ってるっすよ。」


 梅子は珍しく苦虫を嚙み潰したような顔になった。優を初めて出来た娘のように感じ始めていた梅子にとって、若衆三人の言い分は噴飯ものである。人でなしと怒鳴りつけてやりたいほどだ。しかし、海城商会の梅子という立場になると和真達に同意せざるを得ない。流石に彼女が何か企んでいるとは到底思えないが、雇うことを承服しかねるという理屈は理解できるのだ。


 「まあまあ、焦ることは無いでしょう。あの子もここに来てまだ一日目。彼女にしかできないことがきっとありますよ。『アマテラス』に帰還するまで様子を見る。それでいいではないですか。」

 「十三の言う通りだな。とりあえず様子見だ。まあ、結果は見えてるが。」

 「カズ坊、あの子をどうするつもりだい?まさか売っ払おうってんじゃないだろうね!」


 ようやく口を開いた梅子は、和真を射殺さんばかりに睨みながら血を吐くような声音で問うた。優のような力も立場も無い非力な女が出来る仕事など限られてくる。具体的には水商売や娼婦などしかないだろう。梅子は和真がそういうところに優を放り出すつもりか、と尋ねているのだ。しかし、和真は呆れたように首を横に振った。


 「梅婆、流石に俺もそこまで鬼畜じゃねぇよ。信頼できる学者に預けるつもりだ。俺の恩師にな。」

 「古代語…確か日本語の先生でやすね?そいつぁ名案ですぜ。」

 「なんせ使ってた本人っすからね。」

 「ああ。俺は『浚い屋』の仕事の為に勉強したがな。あの人は普通に学術的な興味から調べてた。優を悪いようにはせんだろうよ。」

 「…そうかい。」


 和真の答えを聞いた梅子は、安心したような、それでいて悲しいような複雑な笑顔を浮かべていた。



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 その夜、優は夜中に目が覚めてしまった。夕飯を食べた後、疲れてすぐに寝てしまったせいだろう。もう一度目を瞑って眠りにつこうとするが、ほぼ完全に覚醒してしまったせいで中々寝付けない。それに加えてトイレに行きたくなってしまった。

 本来ならば監視しているはずの梅子が同行するのが筋なのだが、彼女は優のことを信用しきっていて起きる気配が無い。優は優で自分が迷惑をかけて疲れているであろう梅子をわざわざ起こす気にはなれなかった。


 (も、漏れちゃう!梅子さん、ごめんなさい!)


 心の中でそう言うと、優は音を立てないように寝床から抜け出して梅子の部屋から通路に出る。そしてお手洗いに向かうのだった。



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 「…便所か。そのくらいなら見逃すか。」


 今日は見張りの番ではない和真は自室で通路で優が歩く足音に気づいていた。音が向かった方向から彼女が何かを企んでいるわけではないと判断した和真は、作業に戻った。彼が行っていた作業とは、『光の書』の清掃だ。今回の発掘で得た品々にも、当然だが多くの『光の書』が混ざっていた。まだ大雑把な仕分けしかしていないが、和真は目につく物を回収して清掃作業を既に始めている。

 『光の書』は使えるかどうか、そして中身が何なのかで評価が変わる。使えない物は買い手すらつかない場合が多く、使えるものでも中身によってはゴミ同然の値にしかならない。ちなみに、それなりの値が付く物の双璧を成すのが研究資料と古代ポルノであるのは、主な買い手が男性であることの悲しさかもしれない。

 使えるかどうかを判断するには清掃は必須なので、和真は『アマテラス』に戻る前からコツコツと作業をしているのだ。今は『アマテラス』に帰っている最中であり、前回のように急ぐ必要は無いので、まったりと作業を続けていた。


 「それにしても古代人、か。現代人とそう変わんねぇな。できれば面倒を見てやりたいんだが…。」


 和真は優を発掘した施設で、彼女を守っていたであろう『光の箱』に保護を依頼された身だ。また、優が目覚めたのは彼の持つ因子が原因ということもあって、放り出すのは些か以上に忍びなくも思う。しかし、従業員の手前、仕事の出来ない厄介事の種の面倒を見てやることはできない。特に『アマテラス』に残っている二人は新入り嫌いだ。それこそ現状では優が和真の妻にでもならない限り、連中が認めることは無いだろう。


 「はぁ~。何かいい手は無いモンかねぇ…。」


 自分の面子を潰すことなく、周囲に優を雇う口実を得る方法。そんな都合のいい話は無いものか、と和真は作業を中断して寝るまで考えるのであった。

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