第2話遺跡にて
サルベージ船『無頼丸』は、目標座標の真上に到着した。この位置は『光の書』に記された太古の地図と、現在の海図を突き合わせて割り出した場所である。船乗りである以上、船に載せている海図は非常に正確なものであるし、五人の中に測量が苦手な者など一人もいない。彼らはここが正しいと胸を張って言える。
「よし!行くぞ、野郎共!」
「「アイアイサー!」」
『無頼丸』の甲板で気合いを入れているのは、潜水服を着用した和真とヒロとアキであった。ただし、この潜水服は太古の遺物の一種である。頑丈さを追求したと一目でわかるドラム缶を繋げたようにずんぐりむっくりした外見のそれは、水深一万メートルにも耐えられる優れモノだ。内部の人間にかかる気圧の変化も自動で調整する上に、パワーアシスト機能によって海中では重機の如き力を発揮し、頭部からの電気信号によって動く二本のサブアームなど、サルベージにおける海中作業で必要な全ての機能を有している。古代人が海底に何らかの施設を作ろうとした時の作業服であったとか、実は星の外で作業するための物だったなど本来の用途に関する学説は多岐に渡る。なんにせよ、『浚い屋』という職業に就く上では絶対に必要な機材と言えるだろう。
しかし、今は潜水服の歴史や真実などどうでも良い。とにかく、高性能な潜水服を装着した三人は、回収用のコンテナと共に海中に潜っていった。このコンテナも非常に重要で、深海の水圧に曝されても歪み一つ出来ない硬度を誇る。潜水服のような精密機械ではないが、今の技術では同じものを造れないので、稀少さで言えば同じくらいであろう。
潜水自体は何度も経験している三人だが、正直なところこの潜っている時間はいつまでたっても落ち着かない。太陽の光など瞬く間に届かなくなり、周囲は黒一色で塗りつぶされていく。まるで闇の底に沈んでいくような感覚は、この歳になっても恐ろしいものがあるのだ。潜水服が放つ光があるので真っ暗ではないが、それとは関係なく不安にさせられるのは海底という人類が決して適応出来ない空間に本能が拒絶反応を示しているからかもしれない。少なくとも、和真はそう思っていた。
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海中を降りること数時間後、三人は予定通りに地図の示す座標に辿り着いた。パッと見た所では何もないように見えたのだが、よく探すと施設の入り口と思われる金属で出来た扉を発見する。測量通りであると同時に、扉が閉まっていたことから察するに未発見の遺跡でもあるらしい。大当たりである。
潜水服越しでは顔が見えないはずだが、三人は互いにニンマリと笑っていた。未発見ということは、この遺跡はまだ誰の手垢も付いていないということ。ということは中に眠るお宝は誰も手を付けていないということになる。中の物は漁りたい放題ということだ。
こうなればすぐにでも内部に入りたいのだが、何だかんだ言っても三人はこの道のプロ。周囲を隈無く調査することを怠らない。無理にこじ開ければ施設自体が崩れる可能性もあるのだ。潜水服に備わった機能によって内部の構造を確かめ、地盤の強度や亀裂が入っているかを執拗にチェックしていった。
施設の内部は一部に空気溜まりがあるようだが、九割方は水没しているようだ。また、運のいいことに地盤は安定していて扉を強引に開けても崩落する可能性は皆無に近いという調査結果が出た。ならば遠慮はいらないとばかりに三人は十二本の腕を使って扉をこじ開け、中に侵入した。
非常に無機質で飾り気のない施設の内部は、『アマテラス』の船内を彷彿とさせる。機能性のみを追求した廊下は、太古の文明の産物の特徴なのだ。入り口の正面には二重になった螺旋のオブジェが飾られており、その下には古代文字で書かれた損傷の激しい表札が掛かっている。
(これは彫刻か?何を意味しているんだろうな。山…生きる…技…所?訳が分からん。せめてもう少し文字が残ってりゃ推測も出来るんだが…。)
施設の名前すらわからなかったので少々がっかりした和真だったが、すぐに気持ちを切り替える。今はお宝の回収が先決なのだ。そして三人は分かれて探索を開始する。施設は六層構造になっており、ヒロが一・二層を、アキが三・四層を、そして和真が五・六層を回ることにした。
和真は階段を泳いで降りて五層目の調査を開始する。そこはどことなく『アマテラス』の国営病院を彷彿とさせる空間だった。ただ、和真が知っている医療機器とは趣が異なる。損傷が激しい上に彼は専門家ではないので確信は持てないものの、思った以上に危険なことを行っていた施設なのかもしれない。
(…考えるのは後回しだ。今は使えそうな物を探そう。)
和真は頭を過ぎる余計な考えを振り切って、機械類を中心に丹念に調べていく。ほぼ完璧な状態で残っているものもあれば、触れるだけで崩れる程に風化しているものもある。持って帰る物の基準をかなり厳しく設定しているのだが、それでも十二分にお宝が集まった。ウハウハである。
(こんだけありゃあ、一生遊んで暮らせるかもな。次に行くか。)
持ち帰る物を一ヶ所に集めてから、潜水服に備わった強靭なワイヤーによってそれらを纏めておく。放っておくとまたバラバラになってしまうからだ。一財産所ではないお宝に満足しつつ、和真は下の層に降りる。するとその先には、更に奇妙な光景が広がっていた。
(おいおい、こりゃあ…。)
前の階層と異なり、壁に仕切られていない一つの階層をそのまま使っただだっ広い部屋には、所狭しと黒い筒が立ち並んでいる。さらに部屋の隙間を満たす海水には、大量の『機人』が浮かんでいた。
『機人』とは、古の技術によって造られた人型の機械人形である。主人と定めた相手の命令に忠実で、性能の良い物は魂が宿ると言われている。『アマテラス』にも魂の宿った機人が存在したらしいが、既に動かなくなっていた。ちなみに、彼、あるいは彼女の残骸は博物館で見ることが出来る。
(す、すげぇ…って嘘だろ!?)
そんな機人の山に呆気にとられていた和真だったが、更に驚かされることになった。何故なら、部屋の奥から光が見えたからだ。それは未だに動く設備が存在しているということになる。和真の知る限り、引き揚げた物は『雷の玉』と繋げて動くことはあっても海中で動いていたという記録は無い。彼は慌てて光源に近付いた。
光の元は、件の黒い筒の内の一本であった。正確に言うと黒い筒の根元にある『光の箱』である。和真が『光の箱』に記された文字を見ると、そこには数字の羅列があるだけ。古代文字を読める和真でも、流石にこれだけではどの数字が何を指しているのか全くわからない。
(状況から見て、この機人達は筒の管理人だったのか?機人は当時では一般的だったって習ったが、あれらは特別製っぽいぞ。それがこんだけ用意されてるってことは、ここは古代人にとってとんでもなく重要な施設だったんじゃ…?)
大量の機人によって管理されていた、未だに動き続ける古代人の遺産。これを持ち帰るべきか、和真は非常に悩んだ。世紀の大発見であると同時に、本能的に危険に近づいているような気もするからだ。そんなことを考えながら黒い筒を眺めていると、入り口の辺りから音が聞こえた。振り返ると、音の主は思った通りヒロとアキの二人であった。何時までも宝を持ってこない和真を心配したのだろう。
彼らは和真の無事な姿を見てホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、六層目に和真と同じく広がる光景に唖然としているようだった。先ほどまでの自分と同じ反応に苦笑しつつ、和真は何の気なしに輝き続ける『光の箱』に触れた。触れてしまったのだ。
「《接触を確認。認証開始。》」
(うおお!?何だ何だ!?)
『光の箱』に接触したと同時に、何者かの声が聞こえてくる。古代語を話すその声は、どうやら『光の箱』が発しているらしい。機械が喋ることに驚く間もなく、黒い筒の上部から赤い光が和真に照射される。その時間は一瞬だったが、機械にとってはそれで十分だったようだ。
「《認証中…完了。因子を検出。資格者と確認。非常事態により『揺り籠』をパージしますので、資格者は速やかに『揺り籠』を保護してください。》」
『光の箱』は一方的に告げると、その役目を終えたとばかりに光を消した。そして金属音と共に黒い筒が土台から切り離された。目まぐるしい変化に和真だけでなく、ヒロとアキの双子もどうしていいかわからないようだ。
(やばい。やばすぎる。何だかやばいモンを押し付けられたぞ…!)
三人の中で唯一古代語が理解できる和真は、『光の箱』の言った内容を正確に理解できた。それによると、自分は何らかの資格を持つ者であり、『揺り籠』なるものを保護しろと頼まれたようだ。因子を確認と言っていたので、祖先の誰かにこれを機動する資格を持つ者がいたのだろうが、押し付けられる身にしてみれば迷惑でしかない。
また、状況から見て『揺り籠』とはこの黒い筒の名称なのだろうが、これは古代人が非常時に保護せねばならない重要なモノである可能性は極めて高い。そんなモノはただの『浚い屋』には荷が勝ちすぎるというものだ。
かと言って、ここで放置できるかと問われればそれは難しい。和真も決して冷血漢ではないのだ。数千年か数万年かわからないが、そんな悠久の時を『揺り籠』を守るという使命を全うするために働き続けた『光の箱』の遺言めいた頼みを無下には出来ない。それが例え、古代人が作った単なる道具であっても、だ。
(ええい、ままよ!厄介事に見舞われるのは何時もの事!持って帰るぞ!)
そう決心した和真は、『揺り籠』をサブアームを使って潜水服に固定する。そしてハンドサインでヒロとアキにお宝の回収を指示した。三人は相当量の機人の残骸を回収し、それと同時に機能が停止した『揺り籠』から使えそうなパーツを失敬する。土台となっている『光の箱』は床に固定されているのでどうしようもないが、中身を解体してまだ使える『雷の玉』は取り外せた。さらに既に壊れている『光の箱』からも『雷の玉』を回収していく。さらに他の細々したパーツを回収した後、三人は撤収していった。
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コンテナいっぱいに遺産を積みこむという、過去最大の稼ぎを生み出したであろう今回のサルベージだったが、船長である和真は船に戻ってからずっと船倉に籠り切りだった。その原因は彼が持ち帰った『揺り籠』にある。遺跡にある機械に押し付けられた黒い筒状のそれだが、未だにそれが何なのかわからないのだ。分解しようにも継ぎ目が一つも見当たらず、中身がわからない以上、強引に壊すという選択肢は無い。エンジニアである梅子も匙を投げる始末であった。
「どうすんだい?こんな訳わかんないモン拾ってきて。」
「しょうがねぇだろ?保護してくれって頼まれちまったんだからよ。」
「んなこと言ったって無駄にデカいだけの怪しい黒い筒を持って帰るなんて、どうかしてるよ。」
梅子は無用の長物を拾ってきた上にそれを捨てようとしない和真にご立腹のようだ。これでは埒が明かないとばかりに十三が間に入って来た。
「まあまあ、二人とも。落ち着いて下さい。何時までもこの海域にいる訳にもいきませんし、そろそろ『アマテラス』へ帰還しませんか?」
「…そうだな。とりあえず、飯にしよう。昨日の甲殻魚は残ってるか?」
「少しだけ。ですが足りないと思います。」
「ちっ。」
甲殻魚はそれなりに大型の魚類だが、その素材が多くの用途に使える一方で食用の部位は非常に少ない。五人で食べれば二日も保たない量しかないのである。
「まだ日没まで時間がありますし、船長もギリギリまで粘ってくれませんか?」
「わかった。今日も大物を突いてやるさ。」
和真もということはあの双子も飯を取るために釣りをしているのだろう。梅子の文句を聞かずに済むので、和真は嬉々として甲板に走っていった。
「全く…。アンタはあの子らを甘やかしすぎだよ!」
「否定は出来ないね。でもカズ坊、いや、船長の勘はよく当たる。少し違うけれど、『情けは人の為ならず』という言葉もあるだろう?あの子が持って来た厄介な仕事は、難易度こそ高いけれどいつも僕たちにいい結果を齎しているのは確かだ。『揺り籠』、だっけ?これもきっと僕たちに面倒とそれに見合った利益を出してくれるはずさ。」
「合理的じゃないね。それに私はあの子が厄介事に頸を突っ込むこと自体が気に入らないんだよ。わかってるんだろ?」
「まあ、ね。」
二人の間に沈鬱な空気が流れる。和真の父親から彼を託された者として、二人は可能な限り彼の意思を尊重したいと思っている。しかし、それと同時に危ない目に遭わせたくない気持ちも強いのだ。
「うおおおお!重いぞ!大物だ!」
「流石はお頭!」
「俺たちが引くっす!トドメは任せるっすよ!」
「おう!行くぞ!」
しかし、船底まで聞こえてくる若者三人のハイテンションな声によって二人の間に流れていた微妙な空気が霧散していく。結局、考えるだけ無駄なのだ。このサルベージ船『無頼丸』の船長は和真であり、船員である彼らは和真に付いて行くだけ。老人二人はただただ和真が選ぶ選択が間違っていないことを祈るばかりであった。
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