SALVAGER

松竹梅

第1話プロローグ

 太古の昔、人類は非常に優れた文明を有し、それは人の手で太陽を生み出す程だったという。しかし、そんな高度な文明も愚かな戦乱によって荒れ果て、自然の力によって滅び去った。星々は巡り、北辰に座す極星は幾度も代替わりし、地表も幾度も極寒の時を迎え、海は高くなって陸地と呼べる場所は嘗ての広さを失った。

 多くの生物は環境の変化に適応する進化を続け、それが適わなかったモノが淘汰されていく。そんな中で、人類はしぶとく生き続けた。文明の利器を殆ど失っても、数千、数万年の時を経ても生き延びる為にあがき続けたのである。残った僅かな陸地を開拓する者もいれば、文明の遺産を利用して海上に生きる場を得た者もいる。そうやって人類は脈々と種を繋いで来たのである。

 そんな人類も、他の生物と同じく多少の進化を遂げている。肉体が頑強になり、飢餓に対する耐性が上がったなど色々あるのだが、その最たるものが超能力だろう。永い年月を経て、超能力に目覚める個体が産まれるに至ったのである。それらは非常に強力で、絶対数は少ないものの、一騎当千の戦力として外敵から守る戦士やコミュニティーを率いる者として同胞を守っていた。

 しかしながら、人類がこの厳しい生存競争を生き抜くことを可能にしたのは太古の祖先が遺した科学文明の遺産のお陰であった。何処に暮らす人類でも、太古の文明の遺産を一切持っていない集落は無いのだから。何よりも、今、人類の優に九割が住んでいるのは『国船』と呼ばれる都市級巨大船舶の上なのだ。本来は星の外に出るための船だったという荒唐無稽な伝説が遺っているが、真偽は定かではない。何はともあれ、殆どの人類が生きているのは今では製造法は勿論の事、修理する方法も経験でしか伝わらない『国船』と陸地の上だけなのは確かだ。

 しかし、話はここで終わらない。人々が暮らす大地が船である以上、メンテナンスは必須である。だが、そのためには物資が必要となる。ならばそれをどこから調達するのか。それを行うのが『浚い屋』と呼ばれる者達だ。

 『浚い屋』は文字通り海底を浚う行為、所謂サルベージを専門とする職業である。専用の船を所有し、古代の遺産を引っ張り上げて『国船』の維持を支え、稀に使用可能な遺産を発掘する彼らだが、『国船』の上層部には非常に嫌われている。何故なら、彼らがいなければ『国船』が維持できないという弱味に漬け込んで、報酬に法外な額を要求するからだ。羽振りのいい荒くれ者は、何処であっても、どの時代であっても嫌われるのである。



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 「あー、腹減った。」


 海流に乗って緩やかに移動し続ける『国船』の一つ、『アマテラス』から出航して一週間。サルベージ船、『無頼丸』の若き船長・海城和真は釣り糸を垂らしながらそうボヤいた。二メートルを超える身長と堂々たる体躯、日焼けした肌と精悍な顔、そして絶滅したと言われる猛禽のような鋭い眼光。荒くれ者揃いの船乗り達も一目置く当代きっての『浚い屋』だ。しかし、普段は覇気に溢れる彼も、空腹では威厳も何もない。腹の虫を抑えることも出来ずにじっと動かぬ浮きを見つめていた。


 「仕方ないですぜ、お頭。」

 「そうっすよ。食糧庫に穴ァ開けられちゃあどうにもならねぇっす。」


 そう言って同じく釣り糸を垂らすのは、和真の両腕として信頼を寄せる双子・水野浩明と明宏だ。中肉中背で細身の二人は瓜二つだが、兄の浩明は右目に、弟の明宏は左目に泣き黒子があるので誰でも簡単に区別がつく。ちなみに、友人には兄がヒロ、弟がアキと呼ばれている。

 今、彼らの船は甲殻魚と呼ばれる金属質の鱗と堅い皮に被われた巨大な魚の体当たりによって船倉に穴を開けられてしまっている。幸いにも商売道具は全て無事だったが、食糧の大部分が流れ出てしまった。このままでは今日の飯にもありつけないので、三人は空腹を我慢して釣り糸を垂らしているのだ。


 「んなこたぁ解ってんだ。あぁ~最近はツキいてねぇなぁ…。」

 「おい、アキ。お頭、またやらかしたんか?」

 「おう、兄貴。聞いた話じゃ花札でカモられたって話しっすよ?」

 「弱えぇのに懲りねぇなぁ。」


 そんな船長の信頼篤き二人は、本人の目の前で言いたい放題言っている。声を小さくしているが、当の本人が隣にいるのだから意味が無い。余りにも軽率である。実際、和真は額に青筋を浮かべていた。


 「うるせー!聞こえてんぞ!」

 「図星突かれてキレてんじゃ世話ねぇですぜ、お頭。」

 「そうっすよ、お頭。お頭は博打の才能は無ぇんすから。その辺の分をわきまえねぇといけねぇっすよ。」

 「こ、殺す!」

 「「へっ!やってみやがれ!」」


 空腹なせいで気が立っていたのか、三人の間に不穏な空気が漂う。しかしながら、ここに仲裁役が現れた。


 「まあまあ、船長にお二人共。揉めても何にもなりませんよ?」


 甲板で三人がギャーギャー喚く声が聞こえて急いで出てきたのは航海士である塩谷十三だった。前の船長である和真の父の代から『無頼丸』の掃除や洗濯などの雑務と最重要の舵を預かるベテランだ。常識人でもあり、曲者揃いの『無頼丸』における良心とも言われている。


 「ちっ!」

 「けっ!」

 「ぺっ!」

 「…んだ?その態度は?」

 「船長。その辺にしないと…」

 「うるさいよ!クソ餓鬼共!」

 「「「げぇっ!梅婆!」」」


 工具片手に甲板に上がってきたのは塩谷梅子。十三の妻であり、船のエンジニアでもある肝っ玉婆さんである。食料調達を三人に任せている間に、夫婦で穴を修理していたのだが、堪忍袋の緒が切れたらしい。


 「いい年した大人が下らない喧嘩してんじゃないよ!」

 「わ、悪かった!反省してるよ、梅婆!」

 「「すいやせんっした!」」

 「口だけだろう!?全く。その竿に掛かった奴、釣り損ねたら折檻してやるからね!」

 「「「え?」」」


 正座していた三人だったが、振り返って見てみると和真の竿が大きくしなっているではないか。古代の技術で造られた金属を加工した釣り竿は、滅多なことでは折れないが、強く引かれれば当然撓む。つまり、その答えは大物が掛かっているということになるのだ。


 「ヒロ!アキ!しっかり持ってろ!仕留めてくる!」

 「「アイアイサー!」」


 そう言って和真は銛を片手に海へと飛び込む。船員の糧を確保するのは、船長の責任なのだ。

 この騒がしい五人組がこの海域で最も稼ぐサルベージ船、『無頼丸』の船員である。



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 「「「ウワーッハッハッハ!」」」


 和真の竿に掛かったのは、船に穴を開けた甲殻魚であった。何気に知恵が回る甲殻魚は、『無頼丸』に張り付いていれば飯にありつけると考えたのだろう。恨み晴らさでおくべきか、と気合いを入れた和真が海中で格闘した末に今、食卓に並んでいるのだ。

 見た目はだが、味は良い。脂がのった身は魚の旨味が凝縮されており、口に入れた瞬間とろけてしまう柔らかさだ。それこそ『アマテラス』の高級レストランに持ち込めば当分遊んで暮らせる金額で引き取ってくれるだろう。


 「甲殻魚っつっても俺に掛かりゃあこんなもんよ!」

 「いよっ!お頭!」

 「一生ついて行くっすよ!」

 「おう!ついて来い!」

 「「「ウワッーハッハッハ!」」」


 少し前まで喧嘩していたとは思えない三人に、老夫婦は苦笑いを浮かべることしか出来ない。


 「調子のいい奴らだよ、全く!」

 「ははは。いいじゃないか。この大きさの甲殻魚はそうは手に入らない。鱗と骨、皮に乾燥させた内蔵。全部高値で売れるよ。」


 海上で生活する彼らにとって、魚は重要な資源である。甲殻魚ならば肉は食用、鱗は建材、骨は肥料、皮は革製品、そして内臓は医薬品になる。捨てる部分など一つもないのだ。


 「あっ、そうだ。アンタら!馬鹿やってないでこっち来て座んな!」

 「何だよ、梅婆!良いとこだったのによぉ。」


 何かを思い出した梅子は、何時までも騒ぐ三馬鹿に怒鳴りつける。子供の頃から梅子に頭が上がらない三人は、ブツブツ言いながらも大人しく従うのはどこか滑稽だ。

 何時までも子供な三馬鹿を一睨みして黙らせると、梅子は机の上に何か小さな物を置く。指先に乗る位の黒色の物体に、和真は見覚えがあった。


 「ありゃ?それって『光の書』じゃねぇか。でも…」

 「ウチの船にこんなの有りやしたっけ?」

 「梅婆、それどっから出したんすか?」

 「内臓で思い出したのさ。コイツはね、この甲殻魚の腹の中から出てきたんだよ。」

 「エサと一緒に海底の遺産を喰っちまうたぁ罰当たりな野郎だ。」


 甲殻魚は雑食で、自分より小さなものは何でも食べると言われている。恐らくはこの『光の書』が入っていた何らかの機械を、表面にこびり付いていた海藻ごと食べたのだろう。それほどに甲殻魚とは悪食なのである。だが、和真達にしてみれば飯の中から飯の種が出てきたのだから、自然と笑みがこぼれてしまうのは仕方がないだろう。


 「アンタの推理なんてどうでもいいんだよ。どうだい?読み取れそうかい?」

 「さあな。正直微妙だ。海水やら魚の汁やらでベッタベタだしな。ま、やれるだけやってみるさ。」

 「ほう?期待していいんだね?」


 梅子は少し驚いた顔を見せたが、直ぐに不敵な笑みに変わる。和真がやる気になることの意味を知っているからだ。


 「おっ?お頭、ひょっとして?」

 「ああ。お宝の匂いがする。」

 「ヒュー!こいつぁやる気が湧いてきやがるっすよ!」


 宝に対する絶対的な勘。それがサルベージという稼業における和真の最大の才能である。彼の金目の物への嗅覚によってボロボロだった『無頼丸』を新品同様に改装し、さらに多くの遺産によって性能の向上まで行う資金を得たと言えばその正確さが解るだろう。


 「俺は『光の書』を解読する。ヒロとアキは交代で見張りだ。」

 「「アイアイサー!」」

 「十三は船の点検、特に足まわりと燃料はキッチリ計ってくれ。梅婆は潜水服のチェック宜しく。」

 「わかりました。」

 「はいよ。」


 各員に指示を飛ばした和真は一瞬の時間も惜しいとばかりに自室に戻っていった。こうなると解読が終わるまでは決して船室から出てこないだろう。


 「全く、いつもなら小言を言わずに済むんだけどねぇ。」

 「しゃあねぇですぜ。それに…」

 「お頭が四六時中あんなに堅っ苦しいのは嫌っすね。」

 「良いではないですか。それが船長の良さですよ。さあさあ、皆さん。お仕事の時間ですよ。」


 十三が上手く締めくくると、四人はすぐさま持ち場につく。お宝への期待に胸を高鳴らせて。



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 『光の書』。それは『雷の玉』が生み出す力によってのみ動く『光の箱』や『光の板』でしか読めない本の一種である。大きさに反して信じられない量の情報を有しており、小指の先に乗る大きさでも『アマテラス』にある最大の図書館にある書籍を全て網羅出来るほどだ。しかし、情報の質はピンキリである。何せ太古の昔ではを個人が所有することも多かったらしく、扇情的な絵画や小説など所有者の趣味の領域を出ない情報の事も多いのだ。まあ、好事家に売ればそれなりの額になるのだが。そうは言っても、現代では考えられない叡智が納められていることも珍しくない。実際、そこから得た知識を最大限に利用して『アマテラス』は今日も浮かんでいるのだ。何にしても『光の書』は現代に太古の叡智を齎す数少ない手段なのである。


 「うへぇー。やっぱり汚れてんな。こりゃあ大変だぞ。」


 そんな貴重な『光の書』を和真は分解し、内部を見て唸っていた。『無頼丸』には『光の箱』と『雷の玉』が搭載されており、『光の書』は『光の箱』にことで読めるようになる。しかし、『光の書』と『光の箱』はとてもデリケートなので、水で濡れていたり汚れが詰まっていたりすると簡単に動かなくなる。なので前に丁寧に洗浄するのだが、今回は随分と汚れている。しかも海水の影響か、所々錆まで浮いている。雑食の魚の腹の中にあったのだから当然なのだが、これでは読めたとしても『光の書』は虫食いだらけに違いない。


 「臭ぇし汚ねぇしで最悪だな。あちゃー、ここは剥がれてんな。」


 独り言を呟きながらも、和真は黙々と掃除を続ける。地味な作業だが、揺れる船の上で行うのは些か以上に精神的にものがあった。それから約一時間かけてじっくりと洗浄して、和真が納得のいく状態に持って行けた。


 「よぉし!んじゃあ、読み込みますか…ねっ、と!」


 和真は気合いを入れて『光の書』を『光の箱』の穴に突っ込んだ。すると『光の箱』はカリカリと音を立て始める。これは『光の箱』が『光の書』を読んでいる音。裏を返せば『光の書』は『光の箱』で読める状態に出来たということだ。


 「来い…来い…!」


 和真は目を皿のように見開いて『光の書』が表れるのを待つ。未だ見ぬお宝への期待に、心臓が跳ねる音がハッキリと聞こえてくる。


ポーン


 永遠にも思える待ち時間を耐えると、気の抜けた音と同時に『光の箱』に表れたのは大量の古代文字と妙な図形の集合体、そして世界が水浸しになる前の地図であった。


 「文字は…うん。欠けてるけど読めるな。この六角形は、わからん。んでもって…うひょー!地図はイケるな!印の位置は…近い!博打で落としたツキがめぐってきたってとこか?」


 その後、和真は集中して解読に没入していく。夕食を摂ってから翌日の正午まで、彼の解読で続いた。



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 「終わったぞ!」


 解読を終えて自室から飛び出した和真の第一声がそれであった。唐突過ぎるのだが、船員はもう慣れている。皆、急いで仕事を切り上げると、何も言わずとも船内で最も広い海図室に集まるのだ。


 「お頭!首尾はどうでやすか!?」

 「読めたんすか!?」

 「おうともよ!イ-三からイ-八の海図を出せ!」

 「「アイアイサー!」」


 双子の子分は命令にしたがってテキパキと大机に海図を並べていく。そうしている内に、料理を乗せた皿を持った十三が海図室に上がってくる。


 「船長、お食事です。」

 「助かる。」


 十三の料理は昨日の甲殻魚の残りを調理したものだが、頬が落ちそうな程に旨い。しかし、味わう余裕など皆無である和真はそれを一気にかき込んでしまう。そんな和真に苦笑しながら、十三は皿を片付けた。

 そして和真が腹拵えを終えたのを見計らったように最後の船員である梅子が海図室に上がってきた。これで全員集合である。


 「んで、どうだったんだい?」

 「上々だ。どうやらコイツは救援を求める手紙だったみてぇだ。」

 「救援?」

 「歴史くらい知ってるだろ?お伽話の大戦争さ。それで孤立した施設からの救援ってワケだ。コイツはそれが実際に起こった証拠になる。コレを売っ払うだけでも、俺達は大金持ちになれるぞ。」

 「マジでやすか?」

 「これがっすか?」


 伝承に残っているだけの太古の大戦争。それが実際に起こったという証拠にどれだけの価値があるのかを正確に理解出来るのは、この中で唯一高度な教育を受けた和真だけだろう。しかし、仲間に理解されなかったとしても彼に落ち込んだ様子はない。そもそも、『光の書』を売って儲けるつもりは無いからだ。


 「話が逸れたな。続けるぞ?この『光の書』を書いた奴はその大戦争を生き延びた。けど、海の高さが上がっちまったせいでそいつの住処は取り残されちまったらしい。」

 「間抜けでやすね。」

 「言ってやるな。んで、位置を教えるからこれを見た奴がいたら助けてくれって事らしい。」

 「なるほど。ですが、船長。儲けが出ますか?」

 「出る。これを書いた奴はただの一般人じゃねぇ。これの宛先もそうだ。何たって、怪しい実験のレポート付きだったからな。内容は全く解らんかったが。」

 「なるほど。それは、お宝が溢れていそうですね。」


 和真以外の船員は学は無い。しかし決して馬鹿ではない。和真の知識を以てしても理解できない実験を行える施設。そこには太古の叡智が結集しているハズ。やる気を漲らせた五人の期待は嫌でも高くなっていった。

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