三日月のメッセンジャー

三沢美弥

プロローグ

Welcome to My Phone.

 午前中の「古典文学」の授業が終わって、僕は、ケイジと一緒に教室を出て大学のそばの定食屋に向かった。店内は学生で混んでいたが、二人が座る席はかろうじてあいていた。僕もケイジも座ってすぐに、鳥の唐揚げ定食をマスターに注文した。カウンター越しにマスターが一生懸命料理を作り、なんとも言えぬいい匂いが店内に広がっていた。

「なあ、シンヤ。さっきの授業中気づいたんだ。」

と言って、ケイジはポケットからスマートフォンを出し、僕に画面を見せた。

「机の上にさ、スマホの番号が書いてあったんだ。Massage to me.って一文と一緒に。俺、その番号打ち込んどいたから、SMSでメッセージ送ってみようぜ。」

 ケイジは満面の笑みで、得意そうに言った。僕は、彼のことだから、その書き主が女の子なんじゃないかと思っているに違いない。と、瞬時にそう思った。

案の定、

「字から察するに、絶対女だよ。あれは。競争倍率が上がらないように、打ち込んだらすぐに机から文字を消しちゃったけどね。」

と言い出した。

 僕は、ほら始まったと半分呆れながら、

「やめときな。どうせ、男だよ。」

と言ったが、ケイジの耳には届いていないようで、

「さてさて、なんて送ろうかな。書き主が、うちの学校の学生であることは確かだから、うまくすれば、案外早く、会えるかもしれないな。Message to me.って英語使ってるから、留学生かもしれない。It's international!」

 浮かれてスマホをいじっているケイジを傍目に、僕は窓ガラスから通りを行き交う人をぼんやり眺めていた。こんなのに釣られているから、彼女いない歴=年齢なんだよ。と、思った。

「よし、送信完了!返事はくるかなー。」

「なあ、ケイジ。もっと現実的に生きようぜ。」

と、僕は返した。

そうこうしている間に、ウエイトレスが鳥の唐揚げ定食を運んで来た。このウエイトレスは同じ学校に通う中西小織という子で、僕らがこの定食屋に足繁く通うようになって仲良くなった。大学内で見かけると、立ち話をしたりする仲だ。授業がない日はここでアルバイトをしているらしい。

「また、くだらない事企んでるんでしょう。ケ・イ・ジ・くん。はい、鳥の唐揚げ定食ね。」

と、彼女は笑いながら言った。

「机の上に書かれた番号にSMS送ったんだって。やめとけって言ったんだけど、聞かなくってね。」

と、僕は返した。ケイジは浮かれた様子で、

「将来の恋人とのファーストコンタクトは机の上のメモから。ロマンチックだねぇ。」

と、言った。


 中西小織。定食屋というより、おしゃれなカフェで働く姿が似合っていそうに見えるのだが、まかない付きという条件につられてここでアルバイトをしているらしい。話している限り、彼氏はいないようだ。ケイジも、想像上の恋人を追い求めるのではなく、中西さんみたいな女性ともっと親密になればいいのに。と、僕は思った。


 唐揚げ定食を完食し、お会計を済ませると、僕たちは、店を出た。僕たちがドアから出るまで、中西さんは、笑顔で小さく手を振っていた。

 僕とケイジは、次の授業に向かうため、別々になった。

「それじゃ、またな。シンヤ。返事を期待しときー。」

ケイジはそう言って、軽いステップで校舎に入って行った。期待してるのはお前だけだよ・・・。




 今日の授業を終え、僕は一人で帰宅した。晩御飯を食べたあと、ベッドの上に寝転んで、スマホをいじっていた。

(ケイジのやつ。机の上に番号のメモか。まてよ、メモを残してメッセージを待つんじゃなく、こちらから、ランダムの番号にメッセージを送ったらどうなるんだろう。)

 僕は、ふと、試して見たい衝動を抑えきれなかった。自分の末尾の前後の数字の二人にSMSを送ってみよう。僕の末尾は4だから、それを、3と5に変えた番号に送ってみた。

"こんばんは。よかったら、メッセージのやりとりしませんか?"

送信完了。

そうこうしている間に、僕は眠りについた。


 次に目が覚めたのは、スマホの着信音が鳴った時だった。意識は朦朧としていたが、瞬時にパッと目覚めて、電話に出た。すると、女性の声で英語が流れた。

「Welcome to My Phone.」

そのワンフレーズだけで、通話はどきれた。

なんの間違いだ。と思い、付けっ放しだった電気を消して、再び眠りについた。ちょうど、0時を過ぎたくらいだった。

 翌朝起きて、着信履歴を見たが、昨日起きてから丸一日、着信の履歴はなかった。昨晩の電話はなんだったんだろう。夢だったのかもしれない。





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三日月のメッセンジャー 三沢美弥 @misawa

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