第23話 ネーコスの声

 ――ネーコスが乗っていたキャトルは、バニールのヴォーパルとの連携を想定してカスタマイズされたDOLLである。


 相方であるヴォーパルの情報収集能力によってえられたデータを元に、隠密モードで気配を隠したキャトルが爪を突き立てるために接近する――そうした運用が想定されていた機体であった。


 もちろん、これは資源探索にも同様に言えるもので、本来ならヴォーパルが司令塔であり、土や岩盤を掘るのもキャトルの得意とする分野であった。

 なにしろ、キャトルの武器は手に装着された、美しくも破壊の力を秘めた『爪』なのである。


 その爪が今、ナルシーの背中を襲う。

 魅了力の破壊エネルギーを纏ったその爪はナルシーの装甲を引き裂きながらえぐり、美しい装甲を見るも無残な姿へと変える――はずだった。


「こいつ、どんな材質で出来てやがるんだ!」


 叫ぶシュード。

 直撃だったはずなのに、傷は浅い。

 隠密モードで無防備な背後からの奇襲、そして魅了力のエネルギーを纏った破壊の爪をもってしても、その装甲は致命傷を負わせることが出来なかった。

 キャトルは全力でナルシーを蹴ってよろめかせると、遠くで倒れこんでいるヴォーパルの元へ走り、かばう様にして爪を構える。

 起き上がったナルシーはそれを見て、剣を構えると二体のDOLLを見張った。


「くっ、手が震えている。この私が、見つめられて怖気づいているのか? そんな馬鹿なことが……!」


 場を包む戦場の緊迫感に、シュードは戦慄を感じずにはいられなかった。

 思えば突然に始まったDOLL同士の戦闘。しかも模擬戦ではなく、史上初の実戦である。

 破損した機体を見れば、相手が本気でこちらを潰しにかかって来ているのは目に見えていた。

 だからこそ仕留めるつもりで攻撃したのに、相手には効果的なダメージが与えられない。

 驚きはやがて焦りとなり、シュードの心を蝕み始める。


「バニール! 無事か!」


 シュードは通信機に叫んだ。


『まだ、動けます』

「ならば立て! 死にたいのか!」


 シュードの言葉に驚いているバニール。

 相手は自分への気遣いの言葉など、思っても見なかったのだろう。

 シュードはそれに気づくと舌打ちし、言った。


「私の活躍を報告する奴がいないと困ると言うことだ! それにはあいつを倒すのためにも、お前の力が必要だ! キャトルは隠密モードを使う! 連携で仕留めるぞ!」


 シュードはネーコスのキャトル――使い慣れない他人のDOLLを自分に馴染ませようとして必死だった。


「キャトルの隠密モードは周囲の状況を把握する能力が落ちるらしいな! なら、お前が状況を送信してくれるんだろ? ヴォーパルはそのために作られたって聞いるぞ!」

『……は、はい!』


 もちろん、バニールのヴォーパルは情報収集能力以外に運動性も高めてある機体である。

 状況を見て隙あらば迅速に突撃し、手に持った大剣で敵の首を断頭する――単独ではそんな運用も想定されていたが、今はナルシーの剣で破壊された右手首のせいで剣を上手く振るうことができない。

 そうなれば、連携して戦うのは、当然の選択ではあった。


 とは言え、キャトルもナルシーの初撃で左手が断たれてしまっている。


「急所にさえ触れられれば片手で十分だ! 私の美しさに応えて見せろよ、キャトル!」


 シュードは不敵かつ、大胆に笑った。

 露出の高い服――はだけた胸に滴る興奮した汗の雫が、シュードの肌を輝かせる。

 スタイルの良い体の滑らかなラインに自分の熱い手のひらを這わせ、シュードは悶えるようにを作ると、腰を緩やかに揺らしながら踊り始めた。

 コックピットのスポットライトがパイロットの美しさを際立たせようと、あからさまに妖艶な色でシュードをの体を彩り始める。


「美しい……!」


 シュードは自分に酔った。

 胸のたわわが大迫力ながらも軽やかに弾み、細い腰と引き締まったヒップが光の中で楽しげに舞う。

 やがて心臓の鼓動を表現するかのようなリズムで動きを激しくすると、シュードは叫んだ。


「パッシネルの美しさは情熱だ! 見ろ! 肌も、髪も、瞳の輝きさえも私は美しい……! あんな奴には絶対に負けない! お前もそう思うだろ? キャトル!」


 キャトルがそれに呼応するかのように猛り狂った。

 美しさに悶え、その有り余った魅了力エネルギーのぶつけ先を求めている。


「隠密モードは全開! バニールからのデータも来た! ……なるほど? ここはあえて真っ直ぐ最短コースで進むか!」


 シュードはなおも笑う。


「良い作戦だ! どのみち奴はキャトルの動きを満足に追うこともできまい! 今度はこの爪で奴のコックピットを潰してやる! 誘導を頼むぞ、バニール!」


 キャトルは姿を消すと駆けた。

 巨体でありながらもまるで気配の無い、視覚ですら認識出来ない状態でナルシーに迫る。

 それに夜の闇が加わり、音や匂いでさえも極小の状態で接近したのだ。


 だが、ナルシーは動じない。

 ナルシーは的確に、まるで気配の無い空間を剣で突いた。

 とたんにナルシーの剣の先で生じる火花と、刺し貫かれたキャトルの左二の腕。


「なッ……グ……ウッ!」


 シュードは刺された精神的ショックに慄いて絶望した。

 刺されたのはDOLLの腕であって自分の腕ではない。痛みも無い。

 だが、それでも自分の燃え上がった闘志がまるで歯が立たないことを思い知ってしまうには十分すぎる一撃だった。


「な、何故だ……! 隠密モードの稼動状態は完璧だった! なのに、なんでこうも簡単に……!」

『そんな単純な動きで来るからだよ!』


 接触回線。

 ゾッとするような高らかな笑いと共に通信機より聞こえてきた少女の声。


(ユルリか……? 本当にあの、無様なちんちくりんなのか? あんな美のかけらも無い、醜い人間に私が負ける? だが……)


 確かに声を聞いた事があるような気はするが、その声の色には聞き覚えが無い。

 記憶にある泣き喚いていた地球人の顔と声とは、どうしても一致しないのだ。

 しかし、悩む時間は無い。

 通信機より再び響く残酷な笑い。


「ひっ……」


 シュードはその声に驚くと同時に、ようやく自分がだということに気づいた。


「い、いやだ……! やめろ! やめてくれ! 私は、地球に……ア――ッ!」


 叫び。 

 ナルシーが二の腕に刺した剣を捻り、キャトルの腕を粉砕した。

 

 ――そしてナルシーのコックピット。

 パイロットのユルリは顔を歪ませてひたすらに笑っている。


「分かる……! どうすればお前を壊せるか分かるよ!」


 彼女は今まで知らずにいた。

 脳波で繋がったDOLLの体とは言え、自分がここまで動けることを。


 そして、普段は何かを言われればすぐに謝ってしまうような気弱な少女が、今まで持つことの出来なかった闘争本能を彼女の中で目覚めさせた。

 圧倒的な力で一方的に敵を攻撃する時の爽快感。

 自分が声をかければ怖がり、斬れば切れる。蹴り飛ばせば砕ける。

 それを思うと、どうしても楽しくて仕方が無かった。


『ユルリ・ノーコウェイ。見えない敵をよく攻撃できました。見事です』

「大したことなかったよ! 動きが読めたもの!」


 的確な攻撃はナルシーのセンサーによるものか、それても半ば暴走しているユルリの感覚によるものなのか。

 そこを剣を突き出せば刺さるという感覚のままに、ユルリはナルシーの腕を動かした。

 それだけだった。

 そして刺した瞬間、ユルリは確かに感じた。

 攻撃した敵の――キャトルの中にいるパイロットの悲鳴を。驚愕を。恐怖を。


 今のユルリには、それが面白くて仕方が無かった。

 自分が相手の命を握っていると言うことに酔っていた。

 自分の方が強いと言う証明。自分の方が美しいと言う確信。


『ああ! 美しい! 今のあなたは美しいです!』


 レッサの声に恍惚となったユルリは再び笑い、コックピットの中で操縦桿を握り締めるとくるりと回った。

 スカートがふわりと浮かび、踊りながら回るユルリは楽しそうに笑い続ける。

 そして正面に向き直ってから、ナルシーの目で敵を見た。

 弾け飛んだ自分の腕に怯えるようにして倒れているキャトルを見て高らかに言い放つ。


「ねぇ! どうしたの? 立ち上がってよ! もっと遊ぼうよ! 抵抗して見せてよ! また私が綺麗に返り討ちにして壊してあげるからさ! ほら、立たないと何も出来ずにただ壊されちゃうだけだよ?」


 ナルシーが剣でキャトルの腿を突き刺す。右、それから左。

 ……キャトルはもう動けない。


「あ! そっか、ここを壊したら動けないよね。って言うことはもう、終わりなの? 私はこんなに楽しいのに! ……だったらもう、あなたなんていらないよ!」


 ナルシーは身をかがめると、素手でキャトルのコックピットを掴む。

 指に力が込められ、そして……


 ――だが、その時。

 ユルリは声を聞いた。

 制止の声。

 懐かしい、優しい音だった。


『どうしました? ユルリ・ノーコウェイ』

「え? あ、あれ? な、なんで?」

 

 ナルシーはそのまま掴んでいた指を離し、呆然とキャトルのコックピットを見つめている。


 動かない。いや、動けない。


 ……生きていた?


 そんな馬鹿なと思うと同時に、自分の目から流れた涙。

 死んだと聞いていた。それが憎しみのきっかけになったとも。

 だが、どういうことかユルリにはがそこにいるのが見えるのだ。


「……ネーコスさんが見える。やめてって言ってる! ほら、そこにいる! ねぇ、レッサ! これ何? なんなの、これ!」


 ユルリが見ているのは幻覚なのかもしれない。

 もしかすると、無意識的に呼び起こしてしまった自らの記憶が、ナルシーの目を通した景色に現れているのかもしれない。

 しかし、ユルリ自身はこの現象についてものを考えることが出来なかった。


『落ち着いてください。貴女から得た情報では、ネーコスと言う少女は死んだとあります。対象の姿はこちらからは観測出来ません』


 もはやレッサの声も耳に入らない。

 ユルリの……ナルシーの目には確かに見えている。

 腕を広げ、キャトルのコックピットをかばうようにしている友達がそこにいるのだ。

 眼前のキャトルは四肢を破壊されて、もはや戦うことは出来ない。

 ユルリだけに見えるネーコスは、いつか聞いた声の音をユルリの脳内に響かせていた。


――ユルリ、この子とも友達になってよ。あなたなら、誰とだって友達になれるよ。あなたの心がとっても美しいの、私は知っているよ。


「あ……」


 コックピットの前で手を広げて、笑いかけてくる美しい少女。

 しかし次の瞬間、ユルリは突然にネーコスの最後を感じ取った。


 実際にその最後を見たわけではない。

 だが、それはまるで脳内で再現されたかのようにして出現した。

 炎と黒煙。血。破れた肌。むき出しになった肉と骨。そして叫び。

 その声は、確かにユルリの中で鳴り響いた。


――いやだ、せっかく、地球に帰れたのに。友達も、出来たのに、こんな……こんなひどいことを、どうして?


 ナルシーが後ずさる。

 四肢を損壊させた目の前のキャトルとその姿が重なり、ユルリは嗚咽を漏らした。


「ち、違う……! 私は、こんな……! 私は……!」


 ――本当は争いたいわけじゃない。憎しみ合いたいわけじゃないんだよ。なのに、どうして戦わなくちゃいけないの? それにもう、勝負は付いているのに……


 そうしている内に、キャトルのコックピットからパイロットが脱出した。

 すぐさま駆けつけたヴォーパルが走っていたそのパイロットを拾い上げると、ナルシーに背を向けて走り出す。


 ネーコスの姿はいつの間にか消えていたが、それでもユルリはナルシーを動かそうとはしなかった。


『追いますか? ユルリ?』


 ユルリは走り去るヴォーパルの後ろ姿を見ながら言う。


「う、ううん。もう良いの。あの人たちを倒したかったわけじゃないから。ただ、皆を、守りたかったの。リップルお嬢様とネズコフ、それから、タークスさんを。あっちがもう、戦わないで逃げるなら、それで」


 その時、レッサの笑った声が聞こえた気がした。

 それは一瞬のことで、すぐに冷静な声で話しかけてくる。


『あなたがそう思うなら、それが正しい。あなたは自分が美しいと思うことをすれば良いのです。……私は、貴女が私の言葉にも、与えた力にも溺れずにいれることを嬉しく思います』


 後半はボリュームが下げられたかのような音の小ささで良く聞こえなかったので、ユルリは聞き直した。


「どういうこと?」

『あなたをナルシーのパイロットに選んで良かったと言うことです』

「あ、ありがとう」


 ユルリはその言葉の本当の意味を確かめず、それよりもタークスのRag-DOLLが気になって、周囲を探していた。

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