第22話 激突 遺跡地帯

 とは言え、タークスは面食らった。

 レッサの誘導で辿り着いたエレベーターはカタパルト型で、機体を一気に地上に射出するものであったのだが、そもそも遺跡が土の中にあるので不安に思うのも仕方が無いことである。


『こういった設備があるところを見ると、元々地下にあった施設らしいな。しかし、こいつで上へ昇ったとして、土にぶつかって出られないのではないか?』


 これにレッサが答える。


『その質問を抱くのは当然ですが、問題ありません。当施設は、自らに改装を施しながら、訪問者を待ち続けていました。エレベーターの出口は、すでに地上に伸びています。何の問題もありません』


 タークスの不審げな声がそれに答えた。


『機械が自立して動いていたと言う事か。世界を滅ぼしもする旧時代の遺物……それにそう言われれば信じるしかないが。レッサとやら、そちらのDOLLには武器は無いのか?』

『ナルシーに内蔵された武器は多種多様です』

『そうか。おい、ユルリ、レッサから武器を聞いておけ。エレベーターに機体を固定したら、すぐに地上に出るぞ』

「え、えと、はい……」


 ユルリはしどろもどろになりながら、必死にナルシーを動かした。


 ――


 一方、地上では穴を掘っていたバニールのDOLL、ヴォーパルがようやく地上へと帰還していた。


「遅いぞバニール! 待ちくたびれたぞ!」


 のそのそと這い出たヴォーパルは土まみれである。

 キャトルのシュード・タレイティンはにやりと笑った。


「土仕事をさせてしまったな。だが、今度は私の番だ。奴らがどうやって地下にもぐったかはわからないが、私が全て片をつけてやる……! お前はそこで状況を見て、異常があったら知らせろ」


 その通信を送った瞬間だった。


『……! これは? シュード様! 地下から何か上がってきます!』

「なに? 地球人か?」


 突然、近くの土が爆発したかのように巻き上げられた。

 空に飛んだ特徴のあるシルエット。


「Rag-DOLLだと!?」


 Rag-DOLL。

 DOLLと言う人型機械の前身的な発明である。

 元はこちらがDOLLの名称で呼ばれていたが、細身かつ美しい今のDOLLが開発されてから、こちらはRag-DOLLと呼ばれることになった。

 太い手足、丸い体は、旧世界で主に子供に愛用されていたRagdoll――すなわち『ぬいぐるみ』のようだと形容されたためである。


 上空に打ち上げられたそのずんぐりむっくりのシルエットは、月明かりを背にして、僅かに軌道を修正すると一気に降下した。

 上空からの突撃である。

 その手には岩盤破壊用の採掘機器が魅了力のエネルギーを纏って仄かに発光していた。


「地球人を地下に匿ったのはお前か! なめるな、旧式!」


 シュードのキャトルはそれを難なくかわすと、蹴飛ばす。

 タークスのRag-DOLLは呆気なく地面を転がり、岩にぶつかった。


「どういうつもりかは知らないが、そんな機体でのこのこ出てきて楯突くのは、わざわざ私にヤられに来たってことだよなぁ!」


 キャトルは追撃し、まるで猫が獲物を捕らえたかのようにしてその上に乗ると、接触回線で無理やりコックピットの通信機に干渉した。


「貴様! 何者だ! どこの所属だ!」

『くっ……! ユルリ! 何でも良い! さっさと助けろ!』


(ユルリだと?)


 シュードはその名前を聞くと同時に、道端会談での記憶が甦るのを感じた。


 ――(ユルリと言います。ネーコスさんに、友達になろうよって言われて。その、ネーコスさんの友達です)


 あの時は笑い飛ばしてやった。

 美の欠片も無い、まるで情けないその姿に。


(あんな奴の名前を呼んで助けを求めるだと?)


 しかし、その直後、キャトルの背後を襲った衝撃は凄まじいものだった。


「なにぃ!」


 ナルシーである。

 その場にいるどのDOLLよりも美しい巨体が、キャトルに体当たりをぶちかましたのだ。


「う、おおお!」


 キャトルは地面に激突する寸前、受身を取って衝撃を分散させた。


「くそ! あれは、DOLLか? なんでDOLLが私達に攻撃して来るんだよ!」


 シュードは通信機に向かって叫ぶ。


『バニール! 援護しろ! なんだか知らんが、味方であるはずのものに攻撃されている!』


 通信してから、シュードは独り言のように呟いた。


「……ユルリと言ったのか、あのRagーDOLLのパイロットは? あのDOLLにユルリが乗っているということか?」


 考えられないことである。

 あからさまに美しくない、あのちんちくりんな少女が、DOLLを動かせるなどとは……


 ――しかし、動いている。


 コックピットの中のユルリは、もはや必死だった。


『敵が来ます』

「う、うう、あ」


 レッサは警告したが、手足が振るえ、もはや立っているのも必死だった。


『出力低下中です。美しさを保ってください』

「で、でも、私、そもそも美しくなんか……」


 自分の目とナルシーの目。

 ユルリは二つの視覚を同時に感じ、壁に出る『注意』の語句を読んで、パニックになっていた。


 目の前でRag-DOLLが戦っている。

 鈍く、無様な動きといっていいほどだったが、必死になって腕を振り回して、抵抗の意思を形にしていた。

 そして、敵のDOLL達はユルリのナルシーが最初の体当たり以降、まごついて動いていないのを見ると、Rag-DOLLを攻撃して遊ぶようにして楽しんでいるのだ。


 ユルリは、息をするのにも苦しくなって、そのまま座り込みそうになった。


「だ、だめ、やっぱり、私……」


 その時、レッサが声の色を変えて語りかけて来た。


『ユルリ・ノーコウェイ。聞いてください。あなたならできるはずです。あなたはナルシーのパイロットに選ばれました』


 選ばれた?

 ユルリは一瞬、レッサの声が何を言っているのかを理解できなかった。


『今までのあなたは脇役でしかなかったでしょう? 誰にも気にされず、これからもひたすらそうして生きていくはずだったのです。でも、もう、違う。私に選ばれたあなたは、もはや主役ヒロインなのです。さぁ、あなたが美しいことを自覚なさい』

「あっ……」


 ユルリは、突然にみずみずしくなっていく自分の肌を感じた。

 何が起きているのかは分からない。

 泣き腫らしていた目の痛みが流れていくのを感じ取って、ただただ混乱していた。


「な、なにこれ……タークスさん!」

『無駄です。タークス・カーシキッサの機体はこちらに干渉できない。私がチャンネルを操作しました。安心してください。今、このコックピットの中で起動したシステムは、あなたをより美しくするためのシステムです』

「えっ……」

『あなたは美しい。いえ、と言った方が良いでしょうか。ともかく、貴女には素質がある。私はそれを伝えたいのです』


 言葉は、まるで心の中に浸透していくかのような不可思議な音だった。


『あなたは美しい。この世界の誰よりも』


(私が、美しい? そんなわけ、無い)


 様々な思いが走馬灯のように一気に脳内を駆け巡った。

 生まれてからグズだの、鈍間だとバカにされる日々。

 唯一の味方だった両親は、ミュータントに食べられて死んだ。

 そして、引き取られたガイムル家でも寂しい日々は続いた。


(私よりも、リップルお嬢様の方が)


 ――仲良くしましょう! もちろん、あなたは雇われの身で、私は雇ってる側だけどね!


 ユルリが彼女にこれを言われたのは幼き日である。

 ませている美しい少女。リップル。

 成長して、彼女はますます美しくなった。

 ヴィルボリーの美少女コンテストで見事優勝する程に。


『いいえ。リップル・G・ガイムルよりも、あなたの美しさこそが大切な存在なのです。この地球ほしにとっても。宇宙にとっても。この世界にとっても』


 しかし、それだって自分よりも美しい者はたくさんいると、ユルリは思った。

 空人達。

 自分の髪を編んでくれたミヤビ・ハーゼビィ。

 自分と友達になろうと言ってくれた、ネーコス。

 その全てを想い、同時に、残酷な敵のことを思った。


(敵?)


 ユルリは自然と空から現れた人々を敵だと思ったことに、自分でも驚愕していた。


『そう、目の前の彼女達は敵です。否定しなさい。あの醜い所業を思い出してください。彼女達の美しさなど、見せ掛けだけの物です。あなたはそんなものには絶対に負けない。あなたは自分が感じたこと、思ったことをすれば良い。あなたは美しい。さぁ、一緒に想いなさい。あなたは、美しい……』


 心が塗り替えられていく。

 ユルリはそれを怖いと思うと同時に、このまま自分が美しいと思う自分に生まれ変われば、全てが上手くいくような、そんな気分になっていた。


『分かるでしょう? あなたには誰よりも力がある。もう、誰も守れないなんて事は無い。美しくなれば、もはや悲劇は繰り返されることはない』


――ユルリ、私と友達になってよ。


『力は美しさです。あなたは、誰よりも美しく変わることが出来る』


――その野暮ったいメガネはおやめなさい。


 ユルリはメガネを外した。

 視界はぼやけたが、それも一瞬だった。

 まるで突然に視力が回復したかのような実感がユルリの中に現れた。


 全ての汚れが消えていく。

 ユルリの服も、髪も、肌も。全てが洗ったばかりのように瑞々しく、艶やかに色が付いた。

 香りが立ち上り、ユルリの鼻をくすぐる。

 花の香りだ。


 ――私たちは平和を求めた花束には十分に応えていますよ? 剣に持ち換えるなら、こちらはいつでも構いませんが?


「私は、美しい……あの人達が、あくまで剣を取ると言うのなら」


 ユルリは呟くようにして言っていた。

 その時、通信が回復されたらしい。苦戦しているタークスの声が通信機から聞こえて来る。


『何をしているんだ微妙少女! 動け! お前が動かないからこっちはすっかり弄ばれてしまっている!』

「私は美しい!」

『なんだと?』


 ナルシーが発光した。

 美しく、清らかささえ感じさせる清涼な光だった。


「レッサ! ナルシーの武器を私に教えて!」

『腰の左右に装着された剣の柄を手に取ってください。やいばが出ます。触れたものを粉砕する、美しい力の刃です』


 ナルシーはすぐさま腰の柄をそれぞれ両の手で取った。

 そこから迸るエネルギーは刃を形成すると、しっかりと実体剣となってそこに現れた。

 二刀流である。

 宇宙民にとっても未知の技術だったらしく、これには敵――ヴォーパルとキャトルも驚いていた。


「リップルお嬢様達を離せ!」


 ナルシーはその巨体からは考えられないほどの素早さで駆け出すと、Rag-DOLLを爪で突いていたキャトルに迫った。


「うわああああああ!」


 ユルリは叫びながらナルシーを操作し、驚愕して突き出されたキャトルの右腕を、左手の剣で切断した。

 そのまま右足で地を蹴って飛び上がり、上げた左足でキャトルの頭を踏みつけて上空へ飛ぶ。


 敵は眼下。

 ナルシーはそのまま両腕を頭上に振り上げ、剣を振り下ろした。

 だが、ヴォーパルは持ち上げた大剣でそれを受け止めると、ナルシーを弾き飛ばす。


『敵の動きが良い。中々に美しく、訓練を積んだ者と推測します』

「それでも倒すよ!」

『無理をしてはいけない。DOLLの操縦は、自分の体を操縦することと同じです。ナルシーの運動能力は敵よりも勝っていますが、体を動かすことに関しては、あなたはまだ練度が足りていない』

「だからと言って、何もしないわけにはいかないでしょ!」


 言ってからユルリは思い出した。

 道端会談で聞いたではないか。

 あのDOLLに乗っているバニールは、ネーコスの姉なのだ。


「レッサさん! あれに乗っている人と話がしたい!」

『接触すれば可能です。機体同士を触れさせてください』

「……やってみる!」


 ナルシーは月明かりを浴びて鮮やかに着地すると、間合いを計った。

 ヴォーパルは剣を構え、じりりと動きを見張っている。


「今!」


 ナルシーは左手に持っていた剣を上空に放り投げた。

 円を描いてヴォーパルの頭上に飛んだ剣を、ヴォーパルは剣の構えを解かずにかわす。

 しかし、次にはナルシーは肉薄していた。

 恐るべきスピード。すぐさまヴォーパルが反応し、横薙ぎに払われた大剣がナルシーを襲う。

 だが、ナルシーは払われた大剣に飛び乗ると、右手に持っていた剣をヴォーパルの手首に突き刺した。


 たまらず落とされた大剣と共に着地したナルシーは、すぐさまヴォーパルの胴に飛びつく。


「バニールさん! 聞こえますか?」

『その声は……聞き覚えがあります』

「ユルリです! こんな戦い、もう、止めましょう? ネーコスさんはこんなこと、望んでないです!」

『戦いを止める? 何故ですか?』


 その冷静な口調に、ユルリは戦慄した。


「だって、こんなの……! 町を焼くことも止めさせられないんですか?」

『状況は知っているのでしょう? もう、止められないのはあなたにもわかるはずです!』

「なら、あなたの意思で!」

『好き勝手なことを言って……! どうしても止めたかったら、今すぐ私の妹を返してください! 元に戻してください! 私は、あの子の体の、小さな欠片も見つけられなかった……! 今すぐ、あの子を私の前に連れて来てください! それが出来ないのなら!』

「そんなこと……!」


 出来るはずが無い。

 気がついたら夜が明けていて、ネーコスがどこで死んだのかも、どうやって死んだのかもユルリは知らないのだ。

 いや、例え詳細を知っていても、死人を生き返らせることなんて、ユルリにはできっこない。


『ほら、出来ないに決まっている! だったら、あなたも死ねば良い! 地球人は、皆、死ね!』


 それが彼女の答えだった。

 どうしようもない憎しみを受けて、ユルリは再び激しい悲しみに襲われた。

 だが、もう、泣く事はしない。


 ヴォーパルがナルシーを押しのけ、落とした剣を無事な左手で拾い上げると、力任せに振るった。

 ナルシーは剣を地面に突き刺すと、ヴォーパルの剣を受け止める。

 轟音と共に散る火花。


「戦いを止めてって言うのは、私のわがままなのかもしれないけれど! それでも止めてくれないのなら!」


 ナルシーはヴォーパルを蹴り上げた。

 ヴォーパルの胴に亀裂が走り、衝撃に任せるままに飛んで、地面に倒れこむ。

 バニールの悲鳴が僅かに通信機から聞こえた気がしたが、機体同士が離れた今となっては彼女がどうなっているかは確認の仕様が無い。


 だが、その直後、ナルシーの背後に攻撃してくるものがあった。

 シュード・タレイティンの操る、キャトルである。

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