第24話 小さなこの手で守れるのなら
タークスのRag-DOLLはすぐに見つかった。
しかし、無事ではない。
キャトルとヴォーパルに弄ばれ、四肢は損壊し、ボディは傷だらけというで有様だった。
ユルリは焦り、名前を呼ぶ。
「リップルお嬢様! タークスさん!」
『安心してください。Rag-DOLLから通信が入っています。チャンネルを合わせますか?』
「え? あ、おねがい!」
繋がっていたはずの通信がいつのまにか切られていたことはレッサの仕業であること以外は考えられなかったが、力に酔い、戦いに狂っていた自分の声に触れれば、自分はどう思われるのかを考えれば、切られていて良かったと思う。
しかし、それを怖いと感じると同時に、ユルリは自分の胸の中でくすぶっている想いを確かめずに入られなかった。
全身に震えが走って、胸を抑える。
自分が美しいと思った感覚の名残は、今もまだ心の中に残っているのだ。
何か、きっかけさえあれば今にも爆発しそうな昂ぶりの気配。
そうしている内に通信は繋がり、やがて聞こえるタークスの声。
『聞こえないのか、微妙少女……!』
「タークスさん、そっちに怪我は」
『通じたか!』
ホッと安心したかのような複数の息遣いが通信機を通して伝えられる。
『私のRag-DOLLはすっかり壊されてしまった。起き上がることも難しい。しかしナルシーと名づけたそのDOLLは凄まじい戦い方をする。微妙少女が動かしているということを忘れるほどだった』
「……必死だっただけです」
『そうか。だが、出来れば通信機くらいは繋いでおいてくれ』
「それは、レッサさんが勝手に」
つい反抗したくなるとユルリは思う。
今考えても『微妙少女』だなんて、あんまりだと。
しかし、その合間をぬって良く聞き知った声が流れたのを知って、ユルリは心を落ち着かせた。
『ユルリ、リップルです。聞こえる?』
「あ……お嬢様!」
『ユルリ、ありがとう。こっちは大丈夫、誰も怪我してないから』
自分が戦うことで守れた人を思い、リップルは歓喜の表情でその声を迎える。
そして、高らかに叫び続ける自己の美しさを称える心の叫びは、心の中に深くしまい込んでしまおうとユルリは思う。
我を忘れ、大切な人を傷つけることの無いようにと。
しかし、それでも戦わなければならない時は、これからも訪れるのかもしれない。
それを考えると、ユルリは自然と硬く強張っていく自分の顔を感じた。
『それよりもレッサ。お前に話がある』
タークスはユルリの心など知ったことかと言うように、声をかけてくる。
「……タークスさん、なんです?」
『微妙少女は黙っていてもらいたい。レッサ。私はそちらと連絡が取れない間、地下の遺跡をRag-DOLLで調べていた。このRag-DOLLは外宇宙探索用に設計されたものに特殊な改良を施したもので、近い距離ならセンサーで人工物の判別を可能としている。各部位の形状から、対象が何をするための機械なのかの予想までもな』
『……ほう。それで?』
答えるレッサの声には余裕が感じられた。
対してタークスは今にも噛み付きそうな声の調子である。
『はっきり言わせてもらう。地下の施設とやらは宇宙船だな?』
宇宙船。宇宙を旅する船。
格納庫のようだと形容されたあの場所は、本当に兵器の格納庫だったのだろう。
『厳密には少し違いますよ。もちろん、宇宙も航行できるという意味では宇宙船ではありますが』
『そうだろうな? 土中の砲塔をこちらも確認している。何を打ち出すものかまでは分からないが、あれは戦うための船だ」
『戦うことも出来る船と答えておきましょう』
タークスは鼻で笑った。
『小賢しい奴だ。いつの時代のものかは分からないが、つまりは旧世界を滅ぼした物の名残と言うわけだろ? だとしたら、そんな物の中にいたお前はなんだ?』
『私は船を管理するために造られたコンピュータープログラムです。……ユルリ。貴女にも分かりやすく言いますと、考えることのできる機械です。私は人間ではありません』
レッサは少しも動じない。
感情は感じさせずに、それでも優雅な口調で返答をしている。
ユルリはたまらずにレッサに言った。
「レッサさん、機械だったんですね」
『ええ。ユルリ。私は肉の体を持っていない機械です。今はナルシーの中にいます』
「そっか。機械とお話できるって、なんだか不思議」
ユルリは調子の悪い車を言葉で励ましながら整備していたことを思い出していた。
――どこが悪いの? 辛かったよね。今、部品換えて直してあげるから。
ネズコフにバカにされても、なんとなく機械とお話できているような気がしていたので、ずっとそうして作業していた。
答えが帰ってくることはない。それでも、無事に修理して走る車を見れば、ユルリも気分が良かった。
機械と話せるだなんて、あるわけが無い。
でも、今はそれが現実のものとなっている。
ユルリの心は知らずに弾んだ。
が、しかし、そんなユルリを気にもせずにタークスは言葉を話を続けた。
『地球人から見れば珍しいかもしれないが、私は月のキューエトラから来た人間だ。お前がコンピューターなのは想像に難しくない。それよりもナルシーだ。魅了力で動くDOLLは宇宙で開発されたはずだぞ。宇宙で造られたDOLLがどうしてここにある?』
『ナルシーはあの施設で私が作ったものです』
『なんだと? どういう意味だ?』
『言葉の通りの意味です。あの施設で私が作りました。それ以上でも、それ以下でもありません。他に質問は?』
タークスは再び笑った。
『コンピューター相手はこれだからな! だが良いとしよう。私は旧世界のことを何も知らないからな。地球は広い……魅了力もどこかで開発されていたのかもしれない。そう思えば、それでも良いだろう。ナルシーは地球製のDOLLと言う事だな?』
『地球で私が造りましたと、そう言うものの言い方をすれば、地球製と言う言葉も間違いではないですね。しかし、ナルシーはただのDOLLではありません。奇跡を起こすマシンです』
『奇跡だと?』
『はい。ですがユルリ・ノーコウェイ次第です。彼女が望めば、どんなDOLLよりも美しくなれる。ナルシーはそう言う機械です。ユルリが乗ったナルシーに不可能はありません』
『ふん、聞いていたな? 微妙少女』
急に話を振られたユルリはドギマギしながら答えた。
「は、はい?」
『ナルシーは不可能を可能にするらしいぞ? お前が望めばな』
すでに何度も聞いた語句である。
と、その時、通信機からリップルの声が聞こえてきた。
『不可能を可能に? ヴィルボリーを救えたりも出来るの?』
レッサが言っているのはあくまで機械の性能のことだとユルリは感じた。
「あの、お嬢様それは……」
いくらナルシーでもそんなことできるわけが無いとユルリは思い、思わず否定の言葉を言おうとする。
しかし『可能です』と、これを肯定したのはレッサであった。
「え?」
『可能です。ナルシーに不可能はありません。』
ユルリは頭の中が混乱して、何も考えられない。
「で、でも、ここは町からは離れてるし。破壊の光って言うの、すごいんでしょ? だったら、どうやって守るの? そんなの、出来るなんて」
『出来ます』
変わらぬ簡潔な返答にユルリはたじろぎ、言葉を失う。
『しかし、時間がありませんね。急ぐ必要があります』
『なら……!』
期待を乗せたリップルの声が聞こえたが、それでもユルリは自分が出来るとは思えない。
『ユルリ! 出来るのか?』
時計で確認したのだろうか。ネズコフの叫ぶようにした声も通信機から聞こえてきた。
出来るわけが無い。出来るわけが……
『出来ます』
「で、でも、私、何をすれば良いの?」
ユルリはまだ混乱している。
『起きて欲しくない未来があるのならば、否定してください。そして願うのです。貴女は貴女が望むことをすれば良い』
通信機の向こう――タークス達のコックピットからも息を飲む気配が聞こえた。
『願いなさい。ナルシーはそれを叶えてくれる。あなたが美しいのなら、どんなことでも。貴女は何を望みますか?』
「私は……」
ユルリの頭の中に様々な事柄が走った。
自分の半生。町の人々。空人達。
目を閉じると浮かんでくる、人々の営み。
「……私は、町の皆を守りたい。辛いこともあったけど、私を育ててくれた町だから。見守ってくれていた大人の人達がいる大切な場所だから。
自分が美しいかなんて分からないし、自分に何が出来るのかも分からないけれど……それでも、叶うなら!」
突然、地響きが起きて、周囲が揺れた。
地面が隆起し、土が流れ、明らかな人工物が姿を現す。
空を飛ぶ船。DOLLが乗り込むことの出来るスペースがあり、空を貫いて飛ぶ、鋭角な先端を持った流線型の船だ。
「……レッサさん、これ」
『乗ってください。地下の船に備え付けられていた小型の高速艇です。いつでも飛ばせるように整備していました。これなら間に合うはずです。そして戦うのです。貴女が故郷を守りたいと願うのなら、ナルシーは叶えてくれます』
叶えてくれる。
ただし、それは自分の手で。
ユルリは頷くと決意を固めた。
――
――一方、その頃。
ヴィルボリー近郊に停泊している空人達の母船で、サンバル・ボンゴレイは宇宙との通信を開いていた。
地球調査団の報告を心待ちにしていた、宇宙で待つ小惑星連合の重鎮達との対話である。
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