第19話 Rag-DOLLの少年


「リップルお嬢様、しっかりしてくださいよ! なんのために旦那様がお嬢様を町から脱出させたと思っているんですか?」


 ネズコフは運転席で喚いた。


「旦那様だって言っていたでしょう! 生き延びなきゃ何にも出来ないって!」


 トレント・ガイムルの決断は、迅速だった。

 接近していたキャメールの部隊が東側から来ているのならば、南側、北側の巨人が動くかもしれないと言う、可能性。

 空人といえど、同じ人間――道端会談で透けて見えた虚栄心や権勢欲が彼女達にあるのを見て、戦いに惹かれて包囲に穴が空く可能性は低くは無いだろうと、脱出の車を用意したのだった。


(町長は決断出来まい。大佐も動きをとれずにいるはずだ。ならば)


 独断専行。

 娘を生き延びさせたいと言う彼の――父親のわがままであった。

 混乱が一瞬でも生まれるのならば、そこを突いて脱出する。

 戦うキャメールを犠牲にしようと、他の逃げる選択肢を持てない人々を置き去りにしようと、娘のリップルには生きていて欲しかったのであった。


 巨大宇宙船が北西に位置するとなれば、北側に脱出するのは危険である。

 脱出口は南しかない。

 トレントは車を用意して、ネズコフにハンドルを任せると町の南側に移動させた。

 そして、出発の準備が整った瞬間、事態は動いたのである。

 トレントが想定したよりも早かったが戦端は開かれ、北側と南側の包囲が手薄となったのだ。


『ネズコフ、頼んだぞ』

『一緒に行かないんですか、旦那様は?』

『ああ。私は逃げ出すわけには行かない』


 そのトレントの決意は何のためのものだったのか。

 ネズコフにはどうしても理解できなかったが、悩む時間は彼らには無かった。


「ちくしょう、ユルリも泣き止めよ! こんなんじゃ、運転なんて出来ませんよ! 俺だって、辛いんだ!」


 ネズコフは再度喚くようにして言った。

 それらの言葉はリップルの癪に障ったが、今は何かを言うことは出来ない。

 リップルは憔悴しきっていた。

 父親の語気の強めた言葉を聞くがまま、自分達だけで逃げ出してしまったのだ。

 罪悪感などと言うものでは言い表せない心の荒みが、リップルの気力と言う気力を殺いでしまっていたのである。


 町には友達がいた。家族がいた。見守ってくれていた大人たちがいた。

 それら全ては焼き殺されてしまうだろう。

 残酷な美少女達の、破壊をもたらす光によって。


「……あんまり大勢だったら逃げられなかった。だって、そうだろ? 一台だったから、気づかれないで逃げ出せたんだ。大勢だったら、こうして逃げ出せなかったんだ。そうじゃなきゃ、そうだって思わなきゃ、俺だって……友達も何もかも置いてきちまった。任せられたから。お嬢様をなんとしても生き延びさせろって、頼まれたから……」


 今度はぶつぶつと言い始めたネズコフだったが、彼の精神も限界に近いのだろうか。

 リップルは静かに気を強く持とうと決意し、ネズコフにねぎらいの言葉を投げかける。


「ありがとう、ネズコフ。あなたが頑張ってくれているおかげで、町から脱出できたわ」

「……な、何を言うんですか。リップルお嬢様のためなら、このネズコフ、死んだって構いませんよ」

「昨日は見捨てて逃げたじゃない。ミュータントに襲われた時」

「あれは、その、すまなかったって思ってます。だからこうして、生涯を通してお詫びしようと思って頑張ってるんですよ」


 二人は少しだけ笑う。

 生き残るのはクズばかりだ、だなんてどこかの誰かが言っていた文句を思い出し、自嘲気味に。


 ――さて、ここからどこへ向かうか。


 東にある他の町か。

 それとも、北西にあるデッコイに向かうか。


 だが、考えている暇は無い。

 戦いの気配に惹かれて動いていた巨人達が東から戻って来たのが見えたのだ。


「お、お嬢さん! このまま南に行っても町は無いし、北西方面に行きますよ!」

「北西? 空人のお城があるんじゃない?」

「もちろん迂回しますよ! 目的地はデッコイです! 大きく迂回しながら西の遺跡地帯まで行って、それで北に行きます! 予備のガソリンもあるし、燃料は持つはずです!」


 遺跡地帯。

 ミヤビと出会った、全ての始まりの場所であった。

 あの場所を通り過ぎて、戦争をするかもしれなかったという隣国へ向かう。

 はたして、受け入れてもらえるのだろうか。


「でも、そうね、それしかないものね」

「行きますよ! 畑、突っ切ります!」


 車は速度を上げた。

 エンジン全開である。

 巨人達の足では付いて来れないようで、ぐんぐんとその距離は離れていった。

 だが、安心は出来ない。


「北からも来た? あれは速いぞ!」


 城から出撃した二機の巨人である。

 それら二つのシルエットは遠目だったが、リップルには見覚えがあった。


「あれは……最初にミヤビ様といた巨人? それと、ネーコスさんが乗っていた巨人じゃない? ネーコスさん、生きていたの?」


 ネーコスと言う名前に、泣くばかりだったユルリが顔を上げる。


「ネーコスさん?」


 ユルリは爆走する車の窓から、そのDOLLを見た。

 確かに、あれはネーコスの乗っていたDOLL――キャトルに見えた。

 だが、ユルリはおぞましい気配を感じて、首を振る。


「違う……違うよ、あれ。ネーコスさんじゃない」

「ユルリ? なんでそんなの分かるの?」

「だって、あの巨人。嫌な感じがする。お腹を空かした獣みたいな」


 それはユルリの感だったが、リップルはそれを信じた。


「そうね。ミヤビ様も、ネーコスさんは亡くなったって言っていたものね。……ネズコフ、逃げましょう。あれに追いつかれてはダメよ!」

「了解です!」


 車は速度を落とさずに走り続ける。

 そして、間もなく日が落ちようとしていた。

 暗闇になれば、このまま逃げられるかもしれない。

 そして、追ってである二機のDOLLよりも、車の方が早いのだ。


 しかし、道のりは困難さを極めた。

 なにしろ、土の地面はDOLLの足で蹂躙された跡だらけだった。

 かなりの数が歩いて移動した痕跡がそこに残っており、これは恐らくミヤビの要請で町に向かって歩いていたDOLLの足跡であろうとリップルは結論付けた。

 明らかにダメになった畑を横目に、車は足の形をした穴を避けて進み続ける。


「ちくしょう! 種まいたばっかりじゃないか! よくも踏み荒らして!」


 ハンドルを握るネズコフは語気を荒めた。

 道路は多少の舗装はされているとは言え、暗闇で街灯の無い道を全力で進むのは、簡単なことではなかったが、それでも一度も止まらずに走り続けられているのは、ネズコフの運転技術の賜物であろう。


 しかし、ようやく遺跡地帯へ突入した時、さらなる不幸が降りかかった。

 ミュータントである。

 先日、ミヤビが打ち倒したミュータントの死骸を食べていたのか、それとは別種の巨大生物が、車の前に立ちはだかったのだ。


「きゃあ!」


 車は横転した。

 ヘッドライトに突然照らされたミュータントの尾を避けようとして、ネズコフが切った急ハンドルに車が耐え切れなかったのだ。


「みゅ、ミュータントだ……! なんでこんな人里に何度も……くそ、ここまで逃げてこられたのに。もう、だめだ……!」


 ネズコフは、横転した車の中で喚いた。

 全員、幸いにも怪我は無いようであったが、それでも、徒歩で逃げ切れるとは思えない。

 死を予感させる強大な足音が近づき、そして……もはや全滅は免れないと思ったその瞬間。ミュータントがライトで明るく照らされた。


「光? ……何?」


 光源を探した視線の先に、なにやら丸い物体がある。

 ボールのような巨大な球に、手と足が付いている、巨大な機械。

 ずんぐりむっくりのその体から照射された複数の光線がミュータントを照らしているのだ。


『地球人! 踏み潰しても恨むなよ!』


 増幅された音声が放たれるや否や、丸い機械はミュータントに走り、体当たりをぶちかました。

 そのまま倒れたミュータントの上に圧し掛かり、口の中に拳を突き入れる。

 突き刺さったその手は、ミヤビのDOLLが振るった剣のような機能を備えているらしく、ミュータントにとっての致命傷となったようだ。


 絶命し、痙攣しているミュータントを背後に、ボールの機械は車をゆっくりと起こすと、静かに腰を下ろしてそのコックピットを開けた。


「俺たちを助けた? くそ……どっちにしろ、こいつ、空人に違いないぜ……! 俺たちをいたぶって殺す気かも知れねぇ。何しに出て来るってんだ!」


 ネズコフはぶるぶると震えながら、車の外に出る。


「ちくしょう! お嬢様たちをどうこうしようってんなら、この俺が命を懸けても守るぞ! かかってこいってんだ!」


 だがしかし、姿を現したのは美少女ではない。


「いきなり何を言うんだ? 君達は地球人と見受けられるが、地球じゃ恩人に対して罵声を浴びせるのが礼儀なのか? 私の名前はタークス・カーシキッサ。宇宙から来た。助けてやったからには御礼をしてもらいたい。何か食べるものを持ってはいないか? もしくは何が食べられるのかを教えてくれ。もう、丸一日何も食べてないんだ」


 凛々しい顔立ちにハスキーな声。

 顔立ちは美少女と言われれば間違えてしまうほど可憐な面持ちである。

 しかし、僅かに見える男らしい体つきを見れば、目の前の美しい人間が本当に女なのかと疑問符が付く、そう言う中世的な少年であった。

 同じ男のネズコフでさえ圧倒されるほどのハンサムな顔立ちである。

 絹のような髪の毛がさらりと揺れて、薄暗い闇の中でそれは美しく煌めいていた。

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