第18話 呼び覚まされた本能


 太陽の光を反射した踊る装甲。

 地面を踏みしめる巨大な足。

 駆け、高く跳び、武器を振るう巨体。


 DOLLの進撃は、まるで旋風の吹き荒れる嵐だった。

 高機動のDOLL達の動きに戦車達は圧倒され、ただがむしゃらに後退しながら砲を撃つ。

 しかし、届かない。

 破壊は全て開いた空間を通り過ぎ、地面をえぐるのみだった。


「こいつら、怖がってやがるのか?」

『セナン、油断しないように』

「分かっている!」


 続けて放たれた砲の狙いは正確だったが、セナンの回避行動の方が早い。

 狙い撃たれたその瞬間、セナンのDOLLはすでにその場にいないのだ。


「殺気が丸見えなんだよ! 地球人!」


 セナンの高軌機動型DOLL、『ジーラフ』は二本のツノを備え持つ、宇宙では伝説上の生き物として伝えられていた『キリン』の特徴を備えたDOLLである。

 とは言え、宇宙に伝えられていたキリンは前時代でもアジアで伝説上の幻獣として伝われていた獣とない交ぜとなった存在であり、神聖的な力を備え持って高速で動く生物として認識されていた。


 このジーラフに積んであるのはその獣の神聖性の再現を目指して作られた動体センサー、一定範囲内で動くものをパイロットに把握させる特殊なセンサーの試作品を積み込んだ特別性であった。

 敵の動き、軌道、速度――早く動けば動くほど、センサーは周囲の状況をセナンの認識にはっきりと伝えるのだ。

 そして、パイロットであるセナンのセンスも相まって、その動きはもはや撃つ前に動いていると言って良いほどの反応速度となっていたのである。


 セナンはジーラフの中でバトンのような短い操縦桿を握り、美しい顔を楽しげに歪ませながら笑う。

 セナンのパフォーマンスは情熱的だった。

 バトンを振り、腰を揺らしながらステップを踏むと、心を表すかのように胸のたわわを弾ませる。


 開いた花びらのように短いスカートが僅かに一瞬ひるがえり、その中に隠されている黒いスパッツをあらわにした。

 短い髪。全身の肌に滲む興奮の汗とほのかに赤みがかった健康美の色は、セナンの生み出す魅了力を何倍にも増幅させている。


(……美しい! 楽しい! 私はこんなにも美しく戦えるぞ!)


 セナンの口から八重歯が覗く。


 ――宇宙では美しさに支障をきたしそうなものを矯正し、手術によって排除する方針がとられているが、不思議と免除されている要素がある。

 目の下にある『泣きぼくろ』や、笑った時に出来る『えくぼ』。

 セナンの『八重歯』がこれにあたった。

 楽しいと感じたとき、不思議と口から覗いてしまうこの尖った歯は、セナンの生み出す魅了力を爆発的に増幅されることが確認されている。

 今、その魅了力がジーラフを凄まじいスピードで動かしているのだ。


「イエーユ! そっちの調子はどうだ!」

『いえーい! 最高でーす! セナンはどう?』


 イエーユの楽しげな声が通信機から聞こえ、セナンの愉快な気持ちは増幅し続ける。


「私のジーラフの喜びようをみれば分かるだろう! アハハハハハハハハ! イエーユ、獲物だぞ! これが『狩猟』というものか! 地球は楽しいことがたくさんあるな! ――ほら、おののくんだよ! 地球人!」


 ジーラフだけではない。

 どのDOLLも華麗に舞いながら、まるで遊んでいるかのような動きで戦車に迫っていた。

 その動きは初見で見極められるものではない。


 ――ここにいるのは特別早く動けるDOLLである。

 町の包囲を優先するためと、足の速いものが総出でここに集まっているのだ。

 そうした素早い機体は脳波コントロールで制御されて、三次元的、縦横無尽、変幻自在の動きで戦車を翻弄している。

 これには訓練を受けている戦車隊の精鋭だろうと、ひとたまりも無かった。


「では、そろそろ死んでもらおうか、地球人!」


 セナンのDOLLを始め、一斉に切りかかり始めた巨人達。

 その断末魔の感触には禁忌に触れたかのような得体の知れない不気味さがあったが、自分達の強力な力が相手を屈服させたと言う愉悦感の方がまさった。


 だがしかし、戦車ばかりに気を取られてたためか、DOLLはそこで始めて攻撃を受けることになってしまう。

 密かに近づいていた歩兵戦力である。


「ライフル銃? なんと原始的な! そんなものでDOLLに傷がつくか!」


 とは言え、DOLLが腕を振り上げ、脅しをかければキャメールの歩兵達も引き下がり始めた。

 攻撃を受けた戦車達も全て火を噴いて沈黙し、難を逃れた戦車達は一目散に入り去る。


「ハハハ! 何のために出てきたんだ? そんな生の体で」


 高らかに笑うセナン・サマードワだったが、通信機から入った声を聞いたその瞬間、その喜びを一転させた。


『……加勢に来ました! こちら、エウロズのウスケル・ザウイットです! 仲間を連れてきましたよー! ドンパチやるなら混ぜてください!』


 見れば、町の南側に配置されていたDOLL達が勢ぞろいしているではないか。


「な、何ぃ? お前ら、バカか!」


 セナン・サマードワは吠えた。


「何をやっているんだ! 配置に戻れ! 包囲に穴が空くだろう!」

『その声はパッシネルのセナン・サマードワですね! せっかく助けに来たってのに、それは無いんじゃないですか? それにね、私らはDOLLで戦いたくってうずうずしてるんですよ! 楽しそうじゃないですか! 獲物はどこにいますか?』

『パッシネル代表補佐、イエーユ・モーラックです。こちらの敵は全て排除しました。戻ってください』

「あぁん? 何言ってるんです? 逃げてるのがそこにいるじゃないですか。独り占めは良くないんじゃないですかぁ?」

『戻りなさい!』


 怒鳴ったイエーユの声と共に、セナンは頭を抱えた。


「なんて奴らだ! まともなのはパッシネルだけかよ!」


 そして、案の定と言うべきか、危惧している事態が起きたことを通信機が伝えてきた。


『ウスケル! 私らがいたほう、車輪の機械が一機、逃げてる!』

『なんだってー! じゃあ、そいつを壊しに行こうぜー!』


 セナンのイライラは頂点に達した。


「お、お前ら、早速逃がしてるのか! 早く追いかけろよ!」


――


 包囲を突破される。

 その逃げ出した一台の車は、宇宙船に乗っていた空人達にも観測されていた。


「一機、町から逃げ出したようだな」


 宇宙船の代表席で、サンバルは残酷な笑みを浮かべていた。


(こちらに隙が出来ていたとは言え、包囲網を突っ切るとは。とんだ傑物がいたものだな)


「しかし、あの速さでは周囲にいるDOLLで捕まえられないか。こちらから出すしかあるまい。誰か、あれを捕まえてやれるものはいないか! 足の速いDOLLを持っているもので」

「私にやらせてください!」


 名乗りを上げたのはバニールである。

 ボブカットの髪と豊満な胸を躍らせて、勢い良く立ち上がっていた。


「ほう、バニール。貴女が行ってくれるか」

「はい。必ず滅ぼしてやります。妹を殺したあの町の人間は、一人も生き残らせません」

「その意気や良し! だが、一人、私からも増援を出しておこう。シュード・タレイティン! 任せても良いか!」


 シュード・タレイティン。

 パッシネル出身であり、サンバルの腹心の部下でもある。

 かつて、アジアの密林地帯にいたとされる古い民族を参考にしたとされる、やたら露出度の高い民族衣装のような服を着ていたが、その露になっているボディスタイルの美しさは誰もが一目置くところであった。


「手柄をくれるなら喜んで! ……と言いたいところだったんですが、私のDOLLは今、掃除に出させているんですよ。磨いてる最中です」

「そうか。しかし、動かせるDOLLはある。足の速い奴がな」

「へー、そいつはなんてDOLLです?」

「キャトルだよ」


 これにいち早く反応したのはバニールであった。


「そんな! それは……」

「何か不服かい? キャトルとの連携なら、貴女のヴォーパルも悦んで戦えると思うのだがな、バニール?」


 キャトル。

 今は亡きバニールの妹、ネーコスのDOLLである。

 確かに足は早いし、ヴォーパルとの相性もばっちりである。

 だがしかし、このバニールにとっては、苦楽を重ねてきた妹のDOLLに他人が乗ることには、どうしても嫌悪感があった。


「くっくっく。なるほどねぇ」


 シュードは厭らしく笑う。


「私は一度くらいはあのネーコスのあの体をんだよ。行き過ぎた好意かなとは自分では思っていたが、それは叶わなかった。でも、あの子のDOLLに乗って戦えるってんなら、願ったり叶ったりだね」

「あなた……!」


 バニールは怒気を含んでシュードを見た。


「そんな、私の妹に、なんてことを……! キャトルはネーコスのDOLLです! あなたなんかには渡せない!」

「お、なんだ? それとも、叶えられなかった私の想いをお前が受け止めてくれるかい? でも、悪いな。お前は私の好みじゃない。その態度も良くないぞ? ミヤビの失態でキューエトラの連中は肩身が狭くなった。代表補佐をしていたとは言え、お前ごときが何か意見を言えると思うか?」

「えっ……」


 言葉に詰まるバニールだったが、周囲から自分を押し込めようとする圧力的な空気を感じ、黙る。

 どんなに憤りを感じても、何かを言うことは出来なかった。


「二人ともそこまでだ。さっさと出撃しろ。いくらキャトルとヴォーパルが速く走れても、ぼやぼやしていては逃げられてしまうぞ」

「了解しました」


 バニールとシュードの二人はDOLLに乗り込み、ヴィルボリーから逃げた車の後を追った。


 ――


「お嬢様、巨人いません! このまま行けそうです!」

「……そう」


 町の南側から脱出した車。

 それはネズコフが運転する車で、食料と野宿の装備、それから予備のガソリンを積んでいる。

 後部座席には憔悴しているリップルと、今もまだ泣いているユルリの二人が乗っていた。

 乗っているのはその三人だけだった。

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